KOF’2000 主人公チームストーリー




 「セッティングは済んだ?」
 バックミラーの中の女は、口紅を直しながら運転席に尋ねた。
 「招待状の手配は1週間前に。集合の手配は先ほど完了しました。
  あと5分もすれば会場です。ご準備を」
 「今日はそれだけでいいのね?」
 「はい。特にオプションは承っていません。ご家族とご予定でも?」
 「ええ。食事の予定をね。でもよかったわ。キャンセルしなくて済みそうだから」
  車窓から見えるホールを眺めながら、女は支度を終えた。

※ ※ ※

 人の体温はすさまじいものだ。そこにいるものなら、誰しもそう思ったに違いない。
 2、3千人が収容できる程度のホールとはいえ、隙間なく人が入ってしまえば、状況はすさまじい。
 その上、大半は目の前に繰り広げられるイベントに熱狂している。ただ暑いというだけでなく、
 浮かされた人の熱までもおそってくる。
 少なくともK′(ケイ・ダッシュ)にとっては、最悪なシチュエーションだった。
 「嫌がらせか?」
 どこを見るでもない、いつも通り無愛想でK′はマキシマに言葉を投げた。
 「? あ、悪い。お前も飲むか?」
 マキシマはたいしてしまったという風もなく、一人口にしていたビールをK′に差し出した。
 明らかな勘違い。
 「…じゃねぇよ」
 「もう1個ほしいのか?」
 「ふざけんな。いったことと違うだろうが。奴らの動きを叩くのはどうなった?」
 「ネスツか。ああ、やる。ここの用事が済んだらな」
 マキシマはあっさりと答え、再びビールを口にした。
 「用事…?」
 「チームメイトと面通しだよ」
 怪訝な表情を浮かべるK′の前にマキシマは封筒を差し出した。
 「招待状…『KOF』? どういうことだ?」
 「お呼びがかかったんだよ。招待選手で固めたスペシャルチームでの参加だそうだ。
  昨日、チームメイトからアクセスしてきた。待ち合わせがこの場所ってワケだ」
 「出るのか?」
 「決勝トーナメントがサウスタウンで行われるらしい」
 「サウスタウン…ここか?」
 「すぐ近くだ。そのあたりで何かした形跡がある。どう見てもこの大会、シロじゃない。
  疑わしきは当たってみるってわけさ。…おっ、お出ましだぜ」
 わき上がる歓声はメインイベンターの入場を知らせるものだった。
 歓声が波を描くように移動していく。だが、リングへと近づくにつれて、その歓声は
 どよめきへと変化していった。観衆に隠されて、K′達には何が起こっているのか確認できない。
 しばらくすると観衆の中から、マスクマンがリングへと飛び上がった。
 一人、また一人…次々に同じマスクをかぶったレスラーがリングへとあがる。
 どよめきはいつしか笑いへと変化していった。
 「傑作だ! シャレがきいてるぜ!」
 喜ぶマキシマをよそに、K′が一層つまらない顔をした。
 「くだらねえ」
 場内の混乱をよそに、ゴングが鳴らされる。中でもひときわ小柄なマスクマンがマスクを脱ぎながら、対戦者の方へと飛び出した。

※ ※ ※

 『秒殺』。文字通りの展開だった。大歓声がリングに立つ、眼帯の男へと注がれる。
 「くだらねえ」
 あからさまな言葉に、マキシマもあからさまな顔で応える。
 「何度もうるせえな。人が楽しんでるってのに」
 「ショーを見てる暇はないぜ」
 「ショー? 今のやつか?演出がかったやつだが、なかなかどうして、たいしたタマだぜ、あの大将」
 無言で返すK′をよそに、マキシマはリングの眼帯男をサーモでとらえる。
 並んでいく数字だけが男のただならぬところを証明していた。
 他の数値にも探りを入れようとした瞬間、モニターに警告信号が映る。
 「!」
 マキシマの表情に緊張が走る。K′の隣、あいていたはずの席に女が頬杖をついて座っていた。
 「ハイ」
 「あんたは?」
 「パートナーよ」
 「男じゃなかったか」
 「昨日はマネージャーに連絡を取らせたの。びっくりした?」
 「いや。マキシマだ」
 すべてを看破した風に、マキシマが手を差し出した。女もそれに応じる。
 「ヴァネッサよ」
 「もう一人…ラモンとかいう奴はいつくる?」
 「もうきてるわ」
 マキシマがどこだと尋ねる声は、歓声にかき消された。
 マキシマが目をやると、眼帯男のマイクパフォーマンスが始まっていた。
 「オレの実力を示すには充分だったが、みんなにはちょっと物足りなかったかな?
  今度はもう少しサービスするから、懲りずにまたきてやってくれ!
  …それと今日の勝利は会場にいるあんたに捧げるぜッ!!」
 眼帯男が遠くヴァネッサを指さす。ヴァネッサもまた、手を振って返す。
 「あいつか?」
 呆気にとられたマキシマがヴァネッサに確認した。手は降り続け、ヴァネッサが返す。
 「ダメかな? 私はいい線いってると思うけど?」
 そのやりとりも終わらないうちにK′が席を立った。ヴァネッサがK′に目を向ける。
 「帰るの?」
 「用事がある。マキシマ、先に出る」
 通り過ぎようと肩が並ぶ。ヴァネッサがささやいた。
 「少しは愛想を覚えたら?もっと格好よくなるわよ。坊や…」
 「うるせえ」
 K′は目も合わせず、その一言だけを吐き捨てて立ち去っていった。続いて、マキシマも席を立つ。
 「悪いな。うちの相棒は指図されんのが嫌いでね」
 「気にしないで。あれくらいでなきゃ、面白くないわ。
  うまくやっていけるんじゃないかしら、私たち?」
 「だといいんだがね」
 相棒とは対照的に、マキシマは笑顔で会場を後にしていった。
 見送りながら、ヴァネッサは腰から携帯電話を取り出した。
 「今出たわ。追いかけてちょうだい」
 ヴァネッサもまた小走りで会場をあとにした。

※ ※ ※

 それは満足に視界も確保できない地下にあった。無数のコードの束をたどった先に、
 少なくともK′には理解できない巨大なオブジェが、低い駆動音を立てている。
 遅れてマキシマが到着した。
 「また、こいつか。何個目だ?」
 「ショーのやっているすぐそこで、わけの分からない物がうなっている。
  とことん業が深いな。ここは」
 コードにふれながら、K′がつぶやいた。
 「だが、これまでとは違う。こんな中心地に配置されているのは初めて見た」
 本体まで近づいたマキシマが指先のピンジャックを介して、データを探ろうとする。
 「どうでもいいがな。少しは分かったのか、こいつの中身が?」
 「今やっている。……チッ、同じだ。何かを転送する装置…ってとこだな、分かるのは」
 「奴らなのか?」
 「間違いない。ネスツ製だ。パーツのどれにも見覚えがある。
  『KOF』開催地のそばに、こんな物がゴロゴロしてるなんてな…。絶対、何かあるぜ」
 マキシマのセンサーが発する警戒音と、閃光が瞬いたのはほぼ同時だった。
 K′の目の前を銃弾がかすめていく。センサーが引き続き敵の数を数え始めた。
 「今日はお客さんつきのようだぜ。大入りだ」
 立ち上がり、腿のあたりをグローブで弾く。K′の右手が赤く燃えた。
 「群れれば勝てると思ってんのかよ」
 「ああ、進歩がないな。確かに」
 無数の赤いポインターが2人を照らしていた。




 車に戻ったヴァネッサは、シートに設けられたモニターを眺めていた。
 カメラとK′のにらみ合いがしばらく続く。
 映像はそこから突然に砂嵐へと変化し、途切れた。
 映像の終了を待っていた運転手が口を開いた。
 「感づかれているかも知れません。会場出口からまっすぐこの車に。
  後は後部を持ち上げられてどうにも…」
 少し考えたが、答えはすぐに出た。『なるようになる』。
 今のヴァネッサにとって一番納得できる選択肢だった。
 「いいわ、このままいきましょう」
 「よろしいのですか?」
 答たえようとしたヴァネッサの声を爆発音が遮った。車が激しく揺れる。
 「なに…!?」
 近くで起こった爆発ではなかった。
 だが、車から見えるマンホールから出る煙が、爆発音の威力を物語っていた。
 「やってくれたわね、あの子たち」

※ ※ ※

 「一発とっといて正解だったぜ」
 展開した腕を戻しながら、マキシマがつぶやいた。
 「弾はもうないのか?」
 背を向けたまま、K′がたずねた。
 「ベイパー用なら2、3発残ってる。どうする?」
 「全部くれ。こいつがまだ残ってる」
 K′の視線の向こう、爆発をしのいだオブジェが残っている。マキシマはカードリッジを預けた。
 「丁寧にな……って、おまえ何を!?」
 『KOF』の招待状を燃やしながら、K′は横目でマキシマを見た。
 「直接、殴るわけにはいかないだろう?」
 「そりゃそうだが、それがなきゃ…」
 「出られないのか? あの女がいれば大丈夫だろう」
 少し思案したが、マキシマはすぐに同意した。
 「それもそうだな」
 カードリッジがオブジェの内部に仕こまれ、燃える招待状が投げこまれた。

※ ※ ※

 再び爆発音を聞くまでには、それ程かからなかった。
 今度は小さい物だったが、充分耳に届く音だった。
 「お楽しみは、これからみたいね」
 ヴァネッサはK′達がいるであろう場所の方向をただじっと見ていた。


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