KOF’2003 餓狼チームストーリー




 待ち合わせの喫茶店に、テリー・ボガードの姿はまだない。
 オープンテラスのその席は、通りから丸見えである。
 華奢なつくりのイスに腰をおろしているのは、体格の良すぎる二人の男だった。
 そのうちひとりはムエタイのチャンプで、もうひとりはプロレスのチャンプである。

 「……黙ってないで、茶でも飲めよ」
 「ノー」
 「だからさ、そのトリのマスク脱ぎゃあ飲めるだろ?」
 「トリではない。グリフォンマスクだ」
 「知るかよ。とっとと脱げ! あんたのステキなマスクのおかげで、
  さっきから俺まで晒し者になってんだよ!」
 「注目されるのはヒーローの宿命だ」
 (……テリー、アンディ、何遊んでんだ。早く来てくれ……)
 ジョーも目立つのは嫌いではない。しかし目立つのと見世物になるのとは違う。
 目立ち方には、ジョーなりの美学と哲学が込められていなければならないのだ。
 「あ! グリフォンマスクだ! グリフォン! サインしてよ!!」
 「はっはっは。いいとも」
 「わーい、ありがとう!」
 喜びに顔を紅潮させながら、子供が席を離れようとして……ジョーと目があった。
 「え、えーと、サインもらえますか? 確かグレートニンジャ・ミナミさんですよね。
  この前グリフォンとのタイトルマッチで負けて、子分になったっていう」
 「坊ちゃん、よーく聞けよ……」
 「は、はい」
 ジョーのトレードマークのハチマキを外せば、コメカミに鮮やかに青筋が
 立っているのが認められたことだろう。
 「俺はなぁ、何を隠そう、その名も高い」
 「グレートニンジャのミスター・ミナミだろ? すまんな。遅くなった」
 「あ、テリー遅えぞ! たまには集合時間くらい守りやがれってんだ」
 いつものラフなスタイルで、テリー・ボガードがそこにいた。
 彼は中腰になり、子供の視線に目を合わせて言った。
 「ちゃんと”ミスター”をつけないと、ニンジュツでカエルにされちまうぞ?
  ミスター・ミナミは割と強いんだからな」
 「う、うん。気をつけるよ」
 「サインはもうもらったろ。今から大切な話しなきゃいけないから、あっちで遊んでな」
 「うん!」
 割と強いニンジャとして認知されたジョーは不貞腐れ、ワニのステーキを持ってこいと
 叫んでウェイトレスを困らせていた。テリーはコーヒーを注文する。
 「そう荒れるなよ、ミスター・ミナミ」
 「へっ 相変わらずガキの扱いは上手いじゃねえか」
 「ユーは、幼い者への愛情が不足しているのではないか?」
 「余計なお世話だトリ男。で、アンディは? 今回の大会……
  もちろんKOFのことだけどよ。参加するんだろ? するよな?」
 テリーは、その頑丈そうな肩をすくめた。
 「おいおい、なんだよそりゃあ。まさかこのトリ男がアンディの代わりか?」
 「トリではない。グリフォンマスクだ」
 「そのとおり」
 名前を肯定したのかアンディの代わりということを肯定したのか、とにかくテリーは
 うなずいた。コーヒーが運ばれてくる。ワニのステーキは来ない。
 「アンディの弟子、覚えてるだろ? ジョー」
 アメリカ人らしく、ミルクと砂糖を大量に投入しつつ、テリーがたずねる。
 「弟子ぃ? ……ああ、なんたら丸だとかいう。確かまだガキじゃなかったか?」
 「おたふく風邪、だとさ」
 「……」
 弟子の命に別状はないものの、こじらせかけたのがどうしても気になる。
 だから今は日本を離れるようなことはしたくない……それがアンディからの伝言だった。
 「へっ 甘っちょろい師匠だぜ」
 「そう言うなよ。あれでも修行は厳しいヤツなんだぜ? まぁ修行とこういう事とは
  別ってわけさ。日本語で言うところの『コーシコンドウ』ってやつだな」
 「コーシコンドウ……。師と弟子との美しい信頼関係を現す言葉か。
  日本語とはよいものだな。ユーの弟もいい男のようだ」
 「あんたにゃ負けるさ。チャンプ」
 テリーとグリフォン。二人はテーブル越しにがっちりと握手を交わす。
 「へーへー。せいぜい仲良くやってくれ。他にも麗しの日本語教えてやろうか?
  『アッチニイケ、コノブス!』ってんだ。ナンパするときに使ってみな」
 「へー、どんな意味だ? 今回のKOFは日本人が主催するってことだからな。
  優勝のあいさつに日本語を混ぜるのは紳士の気遣いってもんだ」
 「いいぜ、あとでたっぷり美しい日本語のレクチャーしてやる」

 テリーはコーヒーをカップの底まで飲み干した。
 「そういうわけだ。今回はこのメンバーでよろしく頼む」
 「俺は別に構わないぜ。どこぞのトリ男が、足さえ引っ張ってくれなきゃな」
 「異存はない。正々堂々と戦えるならそれでいい」
 「OK! 安心したよ。これでようやく父さんのところへアイサツしに行ける」
 「? ……ああ、墓参りか」
 「大会前は恒例行事でね。悪いがしばらくここで待っててくれるか?」
 「冗談じゃないぜ。これ以上ここで謎のトリ男と同席させる気かよ。俺も行く」
 「トリではない! グリフォンマスクだ!」
 「うるせえ、てめぇなんざトリ男で充分だ。このトリ男トリ男トリ男〜!!」
 「グリフォンマスクだ!!」

 テリーはイスに背をもたせ、上を見上げた。
 伸びた長髪が分かれて、高く広い空が広がる。
 (父さん、今年は……何というかその)

 「黙れってんだよトリ男! 毛むしって食っちまうぞ!」
 「ユーこそ口を慎め!私の名前はグ・リ・フォ・ン・マ・ス・クだ!!」

 (……にぎやかで疲れる大会になりそうだよ)


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