KOF’2003 極限流チームストーリー




 「オヤジ、金が無いぞ」
 「そんなことはわかっとる」
 「お父さん、お米も底をついたわよ」
 「そんなことはわかっとる! それよりとっととメシを食え!」
 茶の間の真ん中に据えられたちゃぶ台。
 上には大盛りのかけソバが一杯だけ置かれている。
 これを親子三人で分け合って食べるのだ。道場を吹き抜けるすきま風が冷たい。
 「うう、たまには月見ソバが食べたいっチ……」
 「ぜいたくだぞユリ。月見は盆と正月だけだ」
 「しくしく……」
 「さ、食べたら門下生の勧誘活動だ。ユリは駅前でティッシュを配ってくるんだぞ」
 「しくしくしく……」
 「そういえばガスも止められていたな。リョウ、山に柴刈りに行ってこい」
 「しくしくしく……」
 「オヤジ、水道もとめられてたぞ」
 「ユリ、ティッシュを配り終えたら、川へ洗濯だ」
 「しくしくしくしく……」


 「……ちゃん? ユリちゃん?!」
 ユリは目を覚ました。上流から流れてきた大きな桃を拾ってしまう寸前で。
 そこは極限流の道場だった。目の前にイタリア人の優男がユリを覗き込んでいる。
 「しくしく…… あ、ロバートさん…… 私、寝てた?」
 「気分良う寝てたで。師匠とリョウの組み手みながら舟こぐなんて、
  ユリちゃんもたくましくなったもんや。近所じゃ評判の鬼道場やのになぁ」
 「ヒマだからつい、眠たくなっちゃったみたい」
 「ヒマ? なんで……って、そういえばまた門下生減ったみたいやな」
 道場は閑散としていた。
 昔から閑散としているのだが、今は過去にも増して閑散としている。
 「お父さんもお兄ちゃんも、修行がハードすぎるのよ」
 「せやけど、毎年KOFに出場して、そのたびにTVで取り上げられて、そのときは
  ごっつう門下生が増えるやんか」
 「そして翌月までに、その9割が辞めて行くのよ。
  この前なんか久々に入門してきた新人を、そのまんま走り込みに連れていって……」
 「連れて行って?」
 「そのままいなくなったの。二度と戻ってこなかったわ。
  鉄ゲタはかされて10マイル走らされたら、馬だって逃げ出すわよ」
 「よう、ロバート。来てたのか?」
 極限流の双璧、無敵の龍と最強の虎。
 つまりリョウ・サカザキとロバート・ガルシアが顔を合わせた。
 居眠りしていたユリ・サカザキとて、今では相当な使い手であることを考えると、
 なかなか壮観だ。

 「聞いたで、リョウ。また新人を追い出したんやて?」
 「追い出したわけじゃない」
 「ちょっとは手加減してやらなアカンで? 世間一般の皆さんは、サカザキ家
  みたいな他の星からやってきた人間と体のつくりが違うんやさかい」
 他人の一家を異星人扱いしておいて、ロバートは自分ひとり常識人のつもりらしい。
 「人の家族を火星人みたいに言うな。異能なのはオヤジだけ。
  子供はちょっと二枚目で心が清らかなだけのノーマルな民間人なんだぞ」
 「そうよそうよ」
 「……ま、そういうことにしといたるわ。ところでな、今日ここにきたのは、
  道場の経営にも役に立つ提案があるからや。これを利用して、な」
 ロバートは懐から一枚の招待状を取り出した。
 リョウもユリも驚きはしない。彼らにももちろん、それが届けられているのだ。
 「ええか、今回は、もうちょっとPRに気をつかわんといかんで?」
 「PR?」
 ロバートは得たりと語り始めた。

 インタビューではさわやかな笑顔を忘れないこと。
 負けた相手は少々歯の浮くセリフで褒め称えること。
 事あるごとに「極限流」「サカザキ道場」を連呼すること。
 あなたの町の極限流。一家に一発覇王翔吼拳。
 ご家族の健康をお守りする極限流裏空牙。

 「それと、そうやな……リョウ、おまえの道着の背中に広告縫い付けとくんやな」
 「道場の名前をか?」
 「それもいいけど、スポンサーを募集するんや。コンビニとかスポーツ飲料とか」
 ユリは黙ったまま、心の底からため息をついた。ロバートは世間智のあるように
 自分では思っているらしいが、所詮はガルシア財団の御曹司である。
 一生かかっても使い切れない財力を、生まれた時から持っているのだ。
 今回のようなスケールの小さい話に、思考の焦点が合うはずもない。
 「そうだな。スポンサーか。いいかもな」
 (いいわけないでしょ!)
 世事に疎すぎるユリの兄が、ロバートにあっさり同調した。
 これだからいつまでたっても貧乏道場なのだ。

 「ほほう…… 神聖な道着に広告を縫い付けると……」
 「そうなんですわ。今の世の中何事も派手に……って、し、師匠……」
 「元気にしていたかねロバート君。門人のくせにしばらく顔を見せないと思ったら、
  今回は極限流を使って金儲けのご相談かな? はっはっは」
 いつの間にかロバートの背後で仁王立ちしているのがユリの夢にも出てきた
 タクマ・サカザキ。サウスタウンでは知らぬ者とてないソバ打ちの達人……
 もとい、格闘家である。

 「い、いやそのう、ホンマはですね……」
 「でもお父さん、ロバートさんは道場の経営を心配してくれてるのよ」
 振り向いたまま狼狽しているロバートの背中から、ユリが援護射撃だ。
 「ふん。武道を志す者、金儲けなどに思い惑わされるものではない!」
 「だけどオヤジ。いつも資金繰りにはピーピー言ってるじゃないか。
  メキシコ支部の運営資金だって……」
 「ええいうるさい! 貴様らがそういうつもりなら、わしにも考えがある!
  今年のKOFは特に強豪揃いと評判だが、わしは参加してやらんからな!」
 「え?! お父さん抜き……」
 「てことは……」
 (ふふふ、多少腕が立つとはいっても、まだまだケツの青いヒヨッ子ども。
  強敵相手にわしが不参加ときけば、慌てて引き止めるに違いないわ)
 「やった〜〜!! 今回はフリーだッチ!!」
 「イヤッホー!」
 「……は?」
 「さすが師匠。粋なはからいですなあ!」
 「いやその……。いいのか? わしは不参加なんだぞ? お前らだけで強敵とだな」
 「任せてよお父さん。立派に戦って見せるッチよ!」
 「そ、そうか。えーと…… まぁ、あれだ。がんばってこい」

 キング・オブ・ファイターズ運営事務局にタクマ・サカザキから出場辞退の連絡が
 届いたのは、それから一週間後のことだった。

 タクマは弟子たちの門出に、祝いのソバを打った。


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