KOF’2003 K’チームストーリー




 その表札のない部屋を訪れたのは、九十歳近い老人だった。
 長く伸びた白髪、同じように白いヒゲ。紐でぶらさげた瓢箪を歩きつつあおっている。
 その瓢箪でドアをノックすると、乾いた音と中の水音が響いた。中身は、酒。
 「おるんじゃろ、まぁ顔を出すんじゃ、若いの」
 すぐにドアが開いた。
 ただしチェーンロックがかかったままで、数センチほどの隙間である。
 そこからのぞく男は、褐色の肌に黒い革ジャンに銀色の髪、ノブにかかった手には、
 赤いグローブがはめられている。

 「あんた……確かチンサイゲンとか言った……」
 「鎮元斎じゃ。何度も闘った相手の名前くらい、覚えておいて欲しいもんじゃの」
 「……悪かったな。で?」
 鎮は無言でチェーンロックを叩いた。入れてくれという意思表示。
 K’はそれを20センチの身長差から見下ろしている。
 「おいおいK’。ご老人は大切にするもんだぜ?」
 そのK’よりもさらに20センチ上から顔をのぞかせたのがマキシマだった。
 「鎮老師でしたね。どうぞ」
 マキシマはK’の肩越しにチェーンを外し、鎮元斎を招じ入れた。
 「おい、でかいの。若い者への教育がなっとらんな」
 などと言っている張本人の息は酒臭い。
 「……で?」
 相変わらずの無愛想さで繰り返し尋ねる「若い者」に、鎮は眉をしかめた。
 が、長すぎる髪に隠れて誰からも察してはもらえない。
 「わしは老い先短い哀れな老人でな」
 「そうは見えねぇぜ」
 小さく吐き捨てるK’。確かにあと二百年は生き続けそうな鎮だが、
 その発言を無視して懐から取り出したのは一通の手紙だった。
 キング・オブ・ファイターズの招待状である。

 「おまえさん、大好きじゃろう? KOFが」
 「爺さん、ふざけんじゃねえ! 俺は何が嫌いって……」
 マキシマが肩を押さえつけていなければ、K’は鎮に掴みかかっていただろう。
 「あまり相棒をからかわないでもらえませんかね。なにせ世間慣れしてないヤツで」
 「ケッ」
 「今回もわしは感じたんじゃ『悪の気』を。オロチやネスツとかいう連中が
  跳梁跋扈していた時か、それ以上の気をな」
 「関係ねえよ」
 「おい黙って聞け。……しかし老師、それなら我々などに相談せず、いつものように
  あなた方が大会に参加して、その悪の気の正体を突き止めればよいのでは?」
 鎮はため息をついた。
 「もっともな意見じゃ。じゃがな、今回はダメなのじゃ。なにせあの二人が……」
 前回大会で、謎の巨大な気を目覚めさせてしまう発端となった拳崇と包。
 彼らは今、その力に対処するため、某所で修行を重ねる日々だという。

 「我ら4人は今回は欠場させてもらう。すまんが今は、それが最良の選択なのじゃ」
 「待った。4人と言いましたか?」
 「いかにも」
 「あのかわいいアイドルの子も?」
 「アテナか? いかにもいかにも」

 マキシマは「自分自身に組み込まれた」機能を使って、ネット上をサーチした。
 一般公開されている情報である。結果はすぐに出た。
 「やはりな。大会参加者名簿を確認しましたが、彼女の名前が載っていますよ?」
 「な! ……なんじゃとおぉ!!」
 さすがの鎮も、今回ばかりは腰をぬかさんばかりに驚いた。
 アテナは鎮に黙って、他の2人のメンバーを集め、いつのまにかKOF参加手続きを
 完了していたのである。

 「どういうことじゃ! どうしてアテナが……ええい、説明せんか、でかいの!」
 「せ、説明と言われても…… 俺が知るわけないでしょう?」
 酔いも冷める勢いでまくしたてる鎮に、マキシマも辟易している。
 「しまった。タレント活動だからといってわしの元を離れている隙にそんな事を……
  あいつはわかっておらんのじゃ。今回の敵が、にわか編成のチームなどでどうにか
  なる相手ではないことを」
 「引っぱたいて連れ戻せばいいじゃねえか。爺さん」
 「おぬしはアテナの気性を知らんのじゃ……優しい子じゃが、芯の強い子でもある。
  一度言い出したら後には引くまい。おそらく今回もアテナなりに『悪の気』に
  立ち向かおうとしての決断じゃろう。黙っていたのはわしらに気をつかったんじゃろうが
 「…………」
 「こうなったら全てを話そう。なぜわしが『お前さんたちに』頼んでいるのかを」

 鎮は暗く重々しく語った。
 今回の「気」は、オロチに似てはいるがそれとは異なった気であること。
 それ以外に、予測できない、正体不明の気も渦巻いていること。
 草薙、八神らが深く関わっていること。
 悪の気はオロチに匹敵するほどに強大で、草薙・八神をもってしても勝利の予測は
 立て難いということ。しかも彼らは今に到っても、お互いに反目しあっている。

 しかし、希望がないわけでもない。
 その『悪の気』が予想できない存在がいるとしたら。
 人の手によって生み出された、第二の草薙がいるとしたら……。

 「わかりましたよ、鎮老師。我々は『保険』ということですね」
 「おい、『捨て石』の間違いだろ。そうでなけりゃ草薙の『予備』だ」
 「……そのとおりじゃ。わしは虫のいい頼みをしておるな」
 「しかし大会では、俺たちが草薙と闘うことになる可能性だってありますよ」
 「そのときはそのときじゃ。より強い者が『悪の気』に対抗することが肝心なのじゃ」
 「わかった、わかりましたよ鎮老師。俺たちは最近ヒマを持て余してましてね。
  もう一度こいつとKOFに参加するのも悪くないってもんだ。おい、構わないよな?」
 「チッ。気乗りはしねえがな」
 「すまんのう。恩に着る」
 鎮は初めて深々と頭を下げた。
 「このとおりじゃ。感謝しとる」
 「……ペコペコすんじゃねえよ。うざってぇ」
 頭を下げ続ける鎮から、K’は目を逸らした。

 「さてと、では俺たちが出場することは決まったな。俺とK’、それから……」
 「そうじゃった。あとひとりはどうするつもりじゃ? まだ若い……ほら栗色の髪の
  娘がおったようじゃが、あれはいかんぞ、子供過ぎる。アテナよりかなり年下じゃろう?」
 「そこは心配いらねえ。うってつけのプロがいる」
 「プロ?」
 「そうだろ、マキシマ」
 「ああ、頼もしい女王様がいるにはいるが……いま、例の部隊で作戦行動中だぜ?」
 「構うかよ。さっさと申し込んじまえ。手続きは任せるぜ」
 「面倒なのは全部俺かよ。やれやれ」

 二週間後。
 作戦終了のため復命したウィップは、即座にその場で別任務を与えられた。
 「K’、マキシマとチームを組み、KOFに参加せよ」
 鎮が配慮したのと同じ様に、傭兵部隊を指揮するハイデルンもまた、KOFの影でうごめく
 気配を察して部隊を動かしていたのである。

 彼らの戦いは、まだ終わらない。


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