KOF’2003 神楽ちづる&マキストーリー




 荒れ狂う稲光。乾いた大地。炎のさだめ。
 そして大いなるオロチ。
 だが、神楽ちづるの悪夢に出てくるのは、いつも「吹き荒ぶ風」の姿であった。

 吹き荒ぶ風のゲーニッツ。
 数年前に死亡した、オロチ四天王の一人。
 あるときは残忍な表情を浮かべつつ、ある夢では全くの無表情に、またある夢では
 慈悲深い宗教者の微笑みをたたえつつ。そして次には必ず、そのゲーニッツに無残に
 殺される姉の姿が浮かび上がる。姉の骸の前で無力に震えている自分の姿である。
 いつも同じ。いつまでたっても同じ・・・・・・。

 夢の終わりはいつもこうだ。
 姉の体は吹き荒ぶ風によって切り刻まれ、引き裂かれ、無数の小片に変わり果てた上、
 ちづるの足元に散らばっている。
 ちづるはマキを助けたくて・・・・・・姉を助けたくて、懸命にそれらを集めるのだが、
 拾っても拾っても、マキの体の一部であったものは、指や腕の間からこぼれ落ち、すり抜け、
 うまく集めることができない。
 膝をつき、手をついているちづるの上に、濃い影がかぶさってきた。
 首筋に悪寒が走り、ゲーニッツの声が聞こえる。

 「姉様、助けて・・・・・・」

 目が覚めた。
 布団をはねのけて飛び起きるわけではない。むしろ逆だ。
 殺人者に怯えて震えが止まらず、何もできずに姉に助けを求めている。
 覚悟もできないまま、すべてが終わる・・・・・・その寸前で目が覚める。
 いつも同じだ。
 一度は断ち切ったと思ったが、やはり変えることはできないのだろうか。

 荒い息を整えながら、夢の内容を反唱してみる。
 しかしそれが実際にあったことなのかどうか、どこまでが夢で、どこまでが記憶で、
 どこまでが実際にあったことなのか。境界はちづる本人にすら判別できなかった。
 一人生き残った自分が自分を責める。
 自分の意識が作り出した幻影は、いったいどこからどこまでなのだろうか。

 枕元に、マキが座っていた。
 膝に手を揃え、背筋を伸ばして正座している姿は凛として美しかった。
 完成され過ぎた人形に、手を触れるのをためらうような気持ちを抱くこともあった。
 昔からそうだった。
 双子ではあるが、いつも姉を頼っていた。
 人の上に立つのは姉の方がふさわしかったのだ。

 「目が覚めたみたいね、ちづる」
 「私、夢を見ていたみたい。長くて気味の悪い夢を」
 「あなた、うなされていたのよ?」
 「姉様が殺されてしまう夢」(死んでいない?)
 「私はここにいるわ。・・・・・・ずっと前から」(そうだ、姉様は死んでなどいない)
 「でも、夢を見たの」(生きているのだ)

 意識が混濁する。
 どこまでが夢なのか、何が現実なのか。
 ただ、意思だけが次第に、強く心を支配してゆく。

 護らなければならない。何があっても、どんな相手からも。

 「・・・・・・姉様、いっしょに闘ってくださいますね?」
 「もちろんよ。何と闘うの?」
 「私たちの・・・・・・敵と」

※ ※ ※

 「ようやく・・・・・・堕とせた、か」
 暗く湿っぽい閉ざされた空間で、ひとりの女が額の汗をぬぐった。
 連日の儀式に疲労は限界に達していた。目は落ち窪み、頬はげっそりとこけている。
 (侮っていた・・・・・・さすがに「護りし者」と呼ばれるだけはある)
 数本の糸が女の指先から伸びていた。祭壇に盛大に焚かれた炎に反射して、
 暗い空間に白い線を浮かび上がらせたが、それが見える者がいるかどうか。
 ただ、その女にとっては、確かに存在する切れることのない糸なのである。
 女は炎の前からよろよろと立ち上がり、差し出された水を立て続けに飲んだ。
 それで多少−心地はついたが、体の芯に固体のような疲労を拭うことはできない。
 (無界さまのおっしゃるとおりかもしれない・・・・・
  これで八咫の姉妹が健在だったら、私ではとても・・・・・)
 だが、事は既に成った。
 自分の役目はここまでである。ちづるはこれから「自らの意思」で働いてくれるだろう。
 自らの意思、すなわち我らの意思。神楽ちづるは、すでに手駒の一つなのだ。

 「少し眠る。後は任せた」

 水を入れた器を返すと、女はふらつく足取りで自室へと向かった。
 焦ることはない。後は待っていればいい・・・・・・

※ ※ ※

 二つに裂かれた自分の意思の片方で、ちづるは何かを必死に食い止めようとしていた。
 マキが目の前に座る。
 それを受け入れた自分が居る。
 拒んだ自分も居る。
 双子の姉妹としての感情は姉を受け入れ、神楽……八咫家当主としての使命は、
 それをかろうじて撥ねつけた。マキの姿は消えた。

 「誰か、いる?」

 かろうじて人を呼ぶと、ちづるはこめかみを押さえ、机にひじをついて頭を支えた。
 激しい頭痛と悪寒に、頭の位置を変えることができない。

 「お呼びですか? お嬢様」

 「草薙 京と八神 庵を呼んでちょうだい」
 「・・・・・・それは難しゅうございます」
 「神楽家当主としてのお願い、いえ、正式な要請だと伝えなさい」

 若い主人のただならぬ口調に、呼ばれた者も気が付いた。

 「承知いたしました。すぐに手配いたします」

 廊下を静に足音が遠ざかる。
 邸内は広すぎる。やがて、耳鳴りがするほどの静寂が訪れた。
 (どこまで私が私でいられるか、それはわからないけれど)
 目を閉じ、意識を集中させる。
 させるほどに頭痛は強まり、それは耐えがたい物理的な衝撃と感じられるまでに高まってゆく。

 (負けるわけにはいかない。「死んだ姉さま」のためにも)


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