K.O.F'EX 主人公チームストーリー




 いきなり投げ渡された招待状を一瞥し、
 すぐさま投げ返した草薙 京は、初めて見るその男を不躾に睨みつけた。

 「どうやら日本人みたいだが‥‥いったい何モンだ、あんた?」

 「おまえさん、いつもこんなことをやってるのか?」

 京の問いには答えず、男は逆に聞き返した。

 「一八〇〇年も続いた草薙流古武術の跡取りがさあ、
  わざわざこんな薄汚れた路地裏で殴り合いなんかしなくたっていいだろ?
  武者修行だか何だか知らないが、そろそろ日本に戻ってきたらどうだい?」

 「だから何モンだって聞いてんだろ?」

 日当たりの悪い路地裏に散乱した紙幣を拾い上げ、京は繰り返した。
 アメリカに来て以来、京はもっぱらストリートファイトで生計を立てている。
 勝てばその日の食事にありつけるが、負ければすべてを失う――
 現代日本ではまずありえない、常に危険と隣り合わせの緊張感に満ちた
 そんな生活は、草薙 京という天才に一種の凄みを与えていた。
 おそらく京をよく知る人間が見れば、
 男を睨めつけるその視線が以前より鋭くなっていることに気づいただろう。
 しかし、男は京のまなざしにおどけたように肩をすくめると、
 指先にはさんだ招待状をちらつかせた。

 「実はおまえさんとチームが組みたくてね」

 「答えになってねえぞ。俺はあんたが何モンなんだって聞いてんだがな。
  ‥‥それともあんた、バカなのか?」

 「年上の人間に対してそれはないんじゃないか?
  ‥‥やれやれ、ちづるちゃんから聞いてたとおりのヤツだな」

 「ちづる? あんた、神楽の知り合いか?」

 神楽ちづるの名前を聞いて、京の目が驚きに丸くなった。

 「ま、そんなところだ。
  今回はちづるちゃんの代理でKOFに出場することになった。
  ‥‥といえば、おまえさんにも察しがつくだろう?」

 「まさか‥‥また“オロチ”が動き出したってのか?
  だが、“オロチ”は確かに俺たちが封じたはずだ!」

 「“オロチ”がというより、その尻尾がってとこなんだが……
  とにかく、ちづるちゃんは封印を見張ってなきゃならないから動けないし、
  今回は十種神宝のお家騒動まで絡んできそうな気配もあるんでな、
  オレの出番てわけだ」

 「十種神宝‥‥って、何だ?」

 「はぁ? おい、あんたそれホンキでいってんのか?」

 今度は男のほうが目を丸くする番だった。

 「草薙の当主が十種神宝を知らないってか?」

 「うるせえな。知らねえもんは知らねえよ。
  文句があるならウチのオヤジにいえ。‥‥ずっと行方不明だけどな」

 「ちづるちゃんの頼みとはいえ、いまさらながら不安になってきたぜ‥‥」

 天を振り仰いで大袈裟に溜息をついた男は、京の肩を叩いて歩き出した。

 「‥‥いいさ、おいおい説明してやるよ。
  そんじゃまずは三人目と合流しようか」

 「勝手に話を進めんなよ。三人目だと?」

 「ああ。オレと同じ十種神宝のひとりで、
  おまえさんもよく知ってるはずの人間だよ。
  ‥‥ま、本人にはその自覚はないようだが」

 「っていうか、そもそもまだあんたの名前を聞いてねえんだけどな」

 「オレか?」

 日当たりの悪い路地を出た男は、
 そこで京を振り返り、金色に染めた髪をかき上げてにやりと笑った。

 「オレの名は大神零児。十種神宝のひとつ、辺都鏡‥‥
  っていっても、おまえさんには判らないだろうがな」







 「十種神宝‥‥?」

 怪訝そうな表情で、葉花 萌は祖父に聞き返した。

 「うむ」

 広大な庭に面した日当たりのいいデッキで、
 萌の祖父はロッキングチェアを静かに揺らしている。
 すでに九〇を越えた老人の顔には、終戦直後のアメリカで受けたであろう
 艱難辛苦の数々が、無数のしわとなって刻み込まれていたが、
 しかし、その表情はあくまで穏やかだった。
 逆境の中から頭角を現して事業を成功させた老人は、
 今はそのすべてを息子に――すなわち萌の父親に譲り渡し、
 ビジネスから離れて悠々自適に暮らしている。
 萌が最初に武術の手ほどきを受けたのも、この祖父からだった。
 その祖父が話があるといって萌を呼び出したのは、その日の朝のことだった。

 「十種神宝って‥‥何なの、それ?」

 「十種神宝とは三種の神器を陰ながら護持する一族のことだ。
  ‥‥すべては神話の時代にさかのぼる」

 そう前置きをして、老人は孫娘に語った。
 “オロチ”という地球の意志を代弁する絶対存在のこと、
 その“オロチ”の眷族と人知れず戦ってきた三種の神器たちのことを。
 しかし、その話はあまりに突飛すぎて、
 柔軟な思考を持つ萌にもにわかには信じることができなかった。

 「‥‥じゃあ、ウチはその三種の神器って呼ばれる人たちをサポートする、
  十種神宝とかいう一族のひとつなの?」

 「そうだ。明治の御一新の折、我が葉花家はさる事情によってこの国へと渡り、
  爾来日本に戻ることは一度としてなかったが、当家が十種神宝のひとつ、
  八握剣をつかさどる一族であることはまぎれもない事実。
  ‥‥そして、その嫡子たるおまえこそが、葉花家の宿命を担わなければならぬ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!
  いきなりハナシが重くなってきてるみたいなんだけど、宿命って何、それ?
  わたし、そんな‥‥」

 狼狽する萌の言葉をさえぎり、祖父は続けた。

 「三種の神器のひとつ、“オロチ”を払う者たる草薙の剣とは
  おまえもよく知るあの若者のことだ。
  ‥‥すでにおまえの宿命は動き始めているのだよ」

 「草薙の剣って‥‥え? 草薙?
  わたしがよく知ってるって‥‥もしかして、あの京くんのこと?」

 思わず素っ頓狂な声をあげた萌は、
 その時、広い芝生の庭に何者かが踏み込んできた気配を察して振り返った。
 その視線の先に、同じく驚きの表情で自分を見つめる草薙 京と――
 そして、まだ萌もその名を知らない大神零児という男が立っていた。

 「京くん‥‥」

 呆然と呟く萌とは対照的に、まるで彼らが現れるのを知っていたかのように、
 老人は微笑みすら浮かべて京たちを見つめていた。



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