K.O.F'EX 餓狼チームストーリー




 子供たちの楽しげな声が街角に響き渡る。
 錆びたフェンスに囲まれた駐車場の片隅で、
 小柄な影がバスケットボールを追って走り回っている。
 そのなかに、ひとつだけ飛び抜けて大きな影が混じっていた。

 「テリー!」

 「OK!」

 小さな友人からのパスを受け取ったテリー・ボガードは、
 赤いキャップのつばを後ろに回し、
 鍛え上げられた全身のバネを使ってジャンプした。
 ワンハンドの豪快なダンクシュートが決まり、
 古ぼけたバスケットゴールが大きく揺れる。

 「‥‥ちょっと調子に乗りすぎたかな?」

 「ねえ、テリー」

 今にも壊れそうなゴールの揺れ方に苦笑するテリーの手を、
 ボールを拾った子供がくいっと引っ張った。

 「あの人、さっきからテリーのことを見てるよ」

 「ん? ああ‥‥」

 子供が指差すほうを振り返ったテリーは、フェンスの向こう側から
 こちらをじっと見ている女に気づき、汗を拭って歩き出した。

 「きょうはここまでだ。またあしたな!」

 「もう行っちゃうのかい、テリー?」

 「ああ」

 子供たちに手を振って駐車場をあとにしたテリーは、
 路肩に停めたハーレーに寄りかかる美女に歩み寄り、
 茶目っ気たっぷりにウインクした。

 「よう、マリー、久しぶりだな」

 「あなたも元気そうね」

 革ジャンと大型バイクが似合うブロンドの美女――ブルー・マリーは、
 バスケットに興じる子供たちを眺めながら小さく溜息をついた。

 「どうした? 何かあったのか?」

 「これ‥‥届いてるでしょ?」

 マリーは革ジャンのポケットから白い封筒を取り出し、
 テリーの目の前でもてあそんでみせた。
 テリーたちにとってはもはや見慣れたともいえる、
 一流の格闘家だけが手にすることのできるKOFの招待状だった。
 肩にかけていたジャンパーから同じ封筒を引っ張り出し、テリーはうなずいた。

 「ああ、届いてるぜ。出場するつもりだけど、それがどうかしたかい?」

 「ちょうどよかったわ。頼みがあるの」

 「頼み?」

 白いTシャツの袖を肩までまくり上げ、テリーは思わず聞き返していた。







 KOF出場のため、テリーと合流すべくパオパオカフェへとやってきた
 アンディ・ボガードと不知火舞は、
 その席に当然のような顔をして混じっているマリーを見て目を丸くした。

 「あれ? どうしたの、マリー。久しぶりじゃない」

 「ハロー。あなたたちも変わりないようね」

 しっかりとアンディの腕を抱え込んだ舞を見やり、マリーがクールに微笑む。
 確かにこのふたりのペースは相変わらず舞のほうが握っているようだ。
 やんわりと舞の手を振りほどいて空いている席に座ったアンディは、
 小さく咳払いをして切り出した。

 「‥‥ところできみも出場するのか、今度の大会?」

 「本職のほうが忙しいから出られないんだとさ」

 「本職?」

 ホットドッグをぱくつくテリーのセリフを聞いていぶかしげな表情を浮かべる。
 ノンアルコールカクテルのグラスを片手に、マリーはいささか大仰にうなずいた。

 「あなたたちと違ってわたしは格闘家じゃないのよ。
  今回は本職のほうが忙しくて出場は見送り。‥‥一応招待状も届いたんだけど」

 「じゃあどうしてここにいるわけ?
  テリーとデートの最中‥‥ってわけじゃなさそうだけど」

 これがデートだとすればあまりに色気がなさすぎる。
 ホットドッグをコーラで腹の中に流し込んだテリーは、
 人心地ついたように溜息をつき、口もとを拭った。

 「‥‥いや、マリーが何だか頼まれて欲しいっていってさ」

 「頼みごとといってもそう難しい話じゃないわ。
  要するに、今度の大会で優勝して欲しいの、あなたたちに」

 「優勝って‥‥今度のKOFでの話かい?」

 「それって一体どういうことなの?
  トトカルチョでわたしたちに全財産賭けたとか?」

 「そんなことしないわよ」

 「じゃあ何なの?」

 「さっきも言ったわたしの本職のほうに関係してくることだから
  あまり喋りたくはないんだけど‥‥他言無用よ?」

 日が暮れたばかりの店内には、まだ客の姿は多くない。
 周りのテーブルが空いているのを確認したマリーは、
 そう前置きをしてから、声を低く抑えて続けた。

 「‥‥最近世界各地で
  子供たちが次々に行方不明になってるって事件、知ってる?」

 「ああ、大がかりな犯罪組織が動いてるんじゃないかとかいう‥‥」

 「それよ。今それについて調べてるの」

 「じゃあ、今度の大会とその謎の組織って、何か関係があるってこと?」

 「まだ確証はないけど‥‥
  ただ、今大会の主催者にあまりよくないウワサがあるのよ。
  その人物が裏で糸を引いているって情報がリークされたこともあって、
  それでちょっと調べる必要がでてきたってわけ」

 テリーは自分のところに届いた招待状を取り出し、中を開いた。

 「‥‥実行委員会とあるだけで、主催者個人についちゃ何も記されてないな」

 「KOFの開催が決定した後の記者会見で、
  実行委員長という男がスピーチするのを一度だけ見たことがあるけど、
  あの男が実質的な主催者なんじゃないのか?」

 「え? そんなのあったっけ? どんなヒト?」

 「確か‥‥貴族の末裔だか何だか知らないけど、
  とにかく偉そうな名前のスイス人だった。いや、ドイツ人だったかな?
  コンピュータ関係の大企業の社長だとかいう話で、まだわりと若い男だったよ」

 「そう、その青年実業家さんよ」

 カクテルに浮かぶ氷をストローでかき混ぜ、マリーはうなずいた。

 「‥‥まだ三〇を少しすぎたばかりのキレ者で、マスコミ嫌いの大富豪ですって。
  なかなか表舞台に出てこないから、詳しいことはよく判っていないんだけど、
  仮にも主催者なら、決勝戦か優勝セレモニーくらいには顔を出すでしょう?」

 「それは判るけど、
  だったらあなたが自分で出場して優勝を狙えばいいんじゃないの?
  それが一番手っ取り早いじゃない」

 「楽に優勝できるならそうするわよ。
  ‥‥でも、周りがそうさせてくれないでしょ、もちろんあなたたちも?
  たとえ優勝できたとしても、その頃には仕事ができないくらいに
  ボロボロになってるかもしれないし」

 大袈裟に肩をすくめ、マリーは笑った。

 「どう? テリーはOKっていってくれたけど、あなたたちの意見は?」

 「マリーに頼まれるまでもなく、俺たちの目標は常に優勝だからな」

 「ええ、わたしも別に構わないわ。ただ優勝するだけでいいんでしょ?」

 KOFで優勝するのがどれだけ困難なことか、
 一度でも出場したことのある人間になら嫌というほど判っている。
 しかし、舞はあえてそういった。そして、彼らになら実際にそれも可能だろう。
 すでに優勝するつもりで前祝いにあれこれと料理を注文して騒ぎ始めた舞と、
 それにつき合わされて少し迷惑そうなアンディを横目に見ていたテリーは、
 唇を吊り上げてマリーに耳打ちした。

 「気をつけろよ、マリー。
  舞のヤツ、あの調子じゃここの勘定をおまえに押しつける気かもしれないぜ?」

 「何だ、そんなこと? 別にいいわよ、そのくらいのこと。
  仕事の手伝いをしてもらえると思えば安いものだわ」

 「そうか? だったら俺も遠慮なくおごってもらおうかな」

 「――え?」

 唖然とするマリーを尻目に、テリーは店長のボブを呼びつけると、
 涼しい顔をして大量のホットドッグを追加注文した。



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