K.O.F'EX 龍虎の拳チームストーリー




 印象的な目をした長髪の男が、記者会見の席上でスピーチしている。
 一斉に焚かれるフラッシュの数が、マスコミの注目度の高さを表していた。
 しかしそれも当然のことだろう。KOFといえば、
 いまや単なる格闘技大会の枠を超えた、世界屈指のエンターテイメントなのである。
 さまざまな大会の優勝トロフィーがずらりと並ぶ道場の事務所で
 スポーツドリンクを飲んでいたユリは、
 リモコンを放り出してテレビの画面を見つめた。

 「へえ‥‥今年もやるんだ、KOF」

 「あ! おまえ、こんなところにいたのか!」

 首に引っかけたタオルで汗を拭きながら事務所へとやってきたリョウが、
 呑気にテレビに見入っているユリに気づいて眉を吊り上げた。

 「おまえが急にいなくなるから、
  年少部の稽古まで俺が指導するハメになったんだぞ?」

 「あ、ごめーん、つい忘れちゃったぁ」

 「つい忘れたじゃないだろ! 指導員がそんなことでどうする?
  だいたいおまえは、いつも自分を子供扱いするなって文句を
  言っているわりには大人としての自覚が足りないんだ。そもそも‥‥」

 「あー、はいはいはい、判りました。
  ‥‥たくもー、すぐにそうやってお説教するんだから」

 何だかお父さんがふたりに増えたみたい、
 と付け足し、ユリはボトルのキャップを閉めた。

 「――ところでおまえ、何を見てるんだ?」

 「あ、そうそう! またKOFやるんだって!」

 兄のひと言で肝心なことを思い出したユリは、記者会見の中継にふたたび見入った。

 すでに実行委員長と名乗った男のスピーチは終わり、
 おおまかな大会スケジュールについての説明に移っている。

 リョウは肩脱ぎになってソファに腰を降ろし、
 上半身の汗をざっと拭ってひと息ついた。

 「KOFか‥‥わざわざ全世界に向けて記者会見までやるってことは、
  今回はまともな大会なのかもな」

 「どっちにしても、
  KOFが開催されるなら絶対出場するって言うわよねえ、お父さん」

 「だろうな」

 リョウたちの父・タクマは、自分が創始した極限流空手を世界に広めるため、
 各地にいくつもの支部を置いている。今のご時世、商売敵のスポーツジムや
 フィットネスクラブは多いが、全世界的な知名度を誇るKOFの舞台で
 極限流空手の強さを知らしめることができれば、一躍その知名度はアップするだろう。
 レオタードに包まれた膝小僧を抱え込み、ユリはのんびりといった。

 「前回はおたふく風邪でダウンしちゃってたし、今回はわたしも出たいな。
  ‥‥お父さんたちとは別のチームで」

 「またキングや舞ちゃんたちと組むのか?
  まあ、ウチの道場からは俺と親父とロバートの三人で出ることになるだろうから、
  別に俺はそれでも構わないんだが」

 「いや、そうはいかん」

 リョウとユリの会話に、不意に野太い声が割って入ってくる。
 ふたりがはっとして振り返ると、
 戸口のところに、白い道着姿のタクマ・サカザキが立っていた。

 「親父‥‥聞いてたのか」

 「どうしてよ、お父さん? 何でダメなの?」

 弾かれたように立ち上がったユリは、
 渋い表情で腕組みをしている父につかつかと歩み寄った。

 「別にいいじゃない、お父さんたちはこの前と同じ男臭〜い三人組で
 エントリーして、わたしはわたしで女の子だけのチームで出るから」

 「だからそうはいかなくなったのだ」

 「すまん、ユリちゃん。堪忍してや」

 ユリを押しのけるようにして事務所に入ったタクマの後ろから、
 伏し拝むように両手を合わせたロバートが入ってきた。

 「ロバートさん‥‥いったいどうしたの? 堪忍してって‥‥」

 「いや、それがなあ」

 申し訳なさそうに頭をかき、ロバートは説明した。

 「何やよう知らんけど、
  今度のKOFの主催者っちゅうのがスイスあたりの実業家らしいねん。
  でな、そいつがヨーロッパの財界に働きかけて、
  あちこちからスポンサーかき集めてきたんや。
  それでまあこないに規模のデカい大会になったっちゅうワケなんやけど
  ‥‥実は、その」

 「何だ、はっきりしないな。どうかしたのか?」

 「‥‥実は、アルバートがその有力なスポンサーのひとりだということが判ってな」

 歯切れの悪いロバートに代わり、タクマが重々しく口を開く。
 アルバートというのはタクマの古くからの友人、アルバート・ガルシア――
 すなわち、ガルシア財閥の総帥にしてロバート・ガルシアの実の父親である。

 「ロバートさんのお父さんがスポンサーだと‥‥何かまずいの?」

 「大口のスポンサーであるガルシア財閥の跡取り息子が選手として出場するのは
  いかがなものかと、そういう声が出ておるらしい」

 「ゆうてみれば、主催者側の人間がエントリーするようなもんやさかいな」

 ロバートは苦笑混じりに肩をすくめた。

 「スポンサーへの配慮っちゅうやつで、
  ワイがジャッジからエコ贔屓されるんちゃうかと考える人間も、
  ま、そのうち出てくるやろ。もちろん、ワイはそないなマネしてもらわんと
  勝つ自信はあるんやけど、タダのいいがかりやとしても、
  そないなウワサが立ったら極限流の名に傷がつくやろ?」

 「そのあたりを配慮して、ロバートは今大会には出場しないそうだ」

 「ってことは、今回のメンバーは――」

 「無論、わしとリョウ、そしてユリの三人でエントリーする。
  わしら親子でトーナメントを勝ち進み、
  極限流の強さを全世界にあまねく知らしめるのだ!」

 数々の伝説を築き上げてきた拳でテーブルを叩き、タクマはそう力説した。

 「ええええええ!?」

 ことさら大きな声をあげ、ユリは頭を抱えた。内心、ユリがもっともそうなる
 ことを恐れていた組み合わせがまさにそれだったのである。

 「よりによって親子三人水入らずで出場するの〜?
  そんなのイヤよぉ! ねえロバートさん、どうにかならないわけ?」

 「すまん、ホンマ堪忍してぇな、ユリちゃん」

 ロバートはロバートで、おそらくユリと一緒のチームで出場できることを
 ひそかに期待していたに違いない。そのささやかな夢が打ち砕かれた
 ということでいえば、ユリだけでなくロバートもまた被害者といえる。

 「そんなぁ‥‥」

 ロバートに八つ当たりするわけにもいかず、頑固な父親を説得する気力もすでに
 失せたユリは、その場にぺたんとしゃがみ込んでしまった。
 そんな妹の頭を軽く叩き、リョウはにこやかな――
 それゆえに今のユリにとっては何とも腹立たしい――笑みを浮かべた。

 「じゃあ早速稽古だ。行くぞ、ユリ」

 「どっ‥‥どうしてこうなるのーっ!」



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