K.O.F'EX 怒チームストーリー




 路肩に停めたローバーの車内でサングラスを磨いていたクラーク・スティル少尉は、
 バックミラーに一台のハーレーが映ったのに気づき、静かに姿勢を低くした。
 スモークガラスのおかげで車内にいる彼の姿が外から見られる可能性は
 ないに等しかったが、それでもこうして身を隠そうとしてしまうのは、
 身体の芯まで染みついた職業病のようなものだろう。
 ブロンドの美女が駆る大型のバイクは、フェンスで囲まれた駐車場の前で停まった。
 駐車場では数人の子供たちと陽気な青年がストリートバスケに興じている。
 バイクを停めた美女は、どうやらその青年をじっと見つめているようだった。

 「‥‥教官の読み通りだな」

 低い声でひとりごちたクラークは、
 サングラスをかけ直し、車載の通信機に手を伸ばした。

 「報告します。例の女エージェントがテリー・ボガードに接触しました」







 クラークからの報告を受けたハイデルンは、
 マホガニーのデスクの上で両手を組み合わせ、正面に向き直った。
 デスクの前にはラルフとレオナの両名が控えている。

 「予定通り動き出したようだ」

 「わざわざあの女に情報をリークしてやったんですか?」

 「あの女エージェントがいろいろと嗅ぎ回ってくれれば、
  こちらも多少は動きやすくなるだろう。‥‥多少はという程度でしかないが」

 あくまで楽観的な観測を排除したハイデルンの物言いに、
 ラルフは大袈裟に肩をすくめた。

 「――それにしても、
  連続誘拐事件なんて俺たちが乗り出すようなヤマなんですかね?
  いや、別に今回の任務に不満があるってワケじゃありませんが‥‥」

 「警察の管轄だとでもいいたげだな」

 ハイデルンは革張りの椅子に深く座り直し、ひとつしかない瞳を細めた。

 「だが、我々が追いかけているのは単なる連続誘拐事件ではない。
  この三カ月の間に世界各地で誘拐された少年たちにはひとつの共通点がある。
  彼らがみな――
  家族や周囲の人間の証言によれば――不思議な力を持っているということだ」

 「不思議な力‥‥?」

 ラルフとは逆に、
 あまり感情を表に出さないレオナが、わずかに眉をひそめて繰り返した。

 「人の心を読み取る、あす起こることを夢に見る、
  手で触れるだけで病気を治療する‥‥
  要するに、そういった第六感めいた力だそうだ」

 「そりゃまた‥‥いわゆる超能力ってヤツですか?
  まあ、世の中にそういう連中がいるってことは否定しませんがね。
  何度となく会ったこともありますし」

 「問題は、彼らの力がどんなものかということではなく、
  そうした力を持つ少年たちが集中してさらわれているということだ。
  しかも、誘拐後にも犯人からの連絡は一切ない。
  単なる身代金目当ての誘拐でないとすれば、犯人の目的は何だ?」

 「どっかのオカルトかぶれが悪魔召喚にでも使おうってんじゃないんですか?
  ありえないハナシじゃないでしょう?」

 「それにしては大がかりすぎる」

 机の上に置かれた書類には、おびただしい数の少年たちの名前が列記されていた。
 同一犯によってさらわれたとおぼしい被害者のリストである。

 「誘拐された少年たちの中には、世界的な大企業の会長の孫や、
  某国の政府高官の息子なども混じっている。
  背後にはかなり大きな犯罪組織が絡んでいると見たほうがいいだろう」

 「要するに、その犯人を突き止めるのが今回の任務ってワケですね?」

 「そうだ」

 ハイデルンはラルフたちの前に三通の白い封筒を差し出した。
 それを見たレオナがぽつりと呟く。

 「また‥‥KOF‥‥?」

 「レマン湖のほとりの小さな村に、とある古城がある」

 不審げな表情のふたりを見据え、ハイデルンは淡々と続けた。

 「三ヶ月ほど前、現地の警察に、
  眠ったままの子供たちを何人も乗せたトラックが、夜陰にまぎれて
  その城に入っていったという通報があった。
  ‥‥三カ月前といえば、各地で誘拐事件が頻発し始めた時期と一致する」

 「まさか、そんなおシャレなところに誘拐犯どものアジトがあったんですか?」

 レマン湖はスイスとフランスの国境に位置する美しい湖で、
 古くから景勝地として知られている。ラルフの驚きの声もある意味では当然だった。

 「いや、警察がその城を念入りに調査したが、
  子供はおろかネコの子一匹見つからなかった。城は完全に無人だったそうだ」

 「何だ‥‥拍子抜けですね」

 「通報したのが村でも有名な酔っ払いだったこともあって、結局、
  その男の見間違いだろうということで沙汰やみになったのだが‥‥」

 「? どうしたんです?」

 「一週間後、通報した男が湖から死体で見つかった。
  ひどく酒に酔って湖に落ち、凍死だか溺死したということらしい。
  さらに、それと前後して現地の警察でも大規模な人事異動があり、
  その事件に関わった人間がよその土地へと移されている」

 「‥‥タイミングがよすぎるわ」

 「何らかの力が働いて、関係者をごっそり追い払った‥‥ってトコですか?」

 ラルフとレオナの言葉に、ハイデルンが深々とうなずく。

 「スイスの地方紙にほんの小さな記事としてしか載らなかったような事件だが、
 この際どんな些細なことでも疑ってかかるべきだ。
 そこでアックス小隊が極秘裏に調査を開始した結果、いろいろと面白いことが判った」

 「何です?」

 「目撃事件が起こる一年前、例の城で大規模な補修工事が行われている。
  ワインセラーを増設したということになっているが、
  そのわりにはかなりの工事だったようだ。
  ‥‥ワインセラーどころかシェルターぐらい造れそうなほどのな」

 含みのある口調で呟いたハイデルンは、三つ並んだ招待状の上に一枚の写真を置いた。
 印象的な目をした、三〇を少しすぎたくらいとおぼしい男の写真である。

 「さらにもうひとつ、
  その城を所有しているのが実体のないペーパーカンパニーだということが判明した。
  実際の所有者はその男だ」

 「いったい何者です?」

 「ドイツに本拠地を置くハイテク企業の社長で、近頃にわかに頭角を現し、
  欧州財界での発言力を強めている。
  ‥‥今回のKOFは、その男が音頭を取って開催されるものだ」

 「なるほど‥‥ようやく判ってきましたよ」

 写真と一緒に招待状を引っ掴み、ラルフはにやりと笑った。
 この男は――それが常に冷静さを欠くべからざる軍人としていいことなのか
 どうかはともかく――こういう派手な祭りが根っから好きなのである。
 ハイデルンは椅子を回転させてラルフとレオナに背を向け、静かに言った。

 「作戦開始まで休暇を与える。ただし外出は禁止だ。
  各自コンディションの調整に務め、万全の態勢で大会に臨め。‥‥以上だ」

 「了解!」

 大袈裟に敬礼をして教官室をあとにしたラルフは、
 先ほどからレオナがずっと押し黙っていることに気づいて太い眉をしかめた。

 「どうした、レオナ?」

 「別に‥‥ただ、ちょっと気になることがあるだけ‥‥」

 「気になること? いったい何がだよ?」

 「‥‥それが判らないから余計に気になるのよ」

 「はぁ?」

 わけが判らないといった顔をしているラルフをその場に残し、
 レオナはこめかみを押さえて自室へと戻っていった。
 レオナはいつも口数が少ないが、
 今日のブリーフィングでことさら発言が少なかったのは、
 彼女が今回の任務に漠然とした不安を感じているからだった。
 だが、それがいったい何に根ざす不安なのか、
 レオナ自身にもまだはっきりとは判らなかった。



BACK      HOME