K.O.F'EX サイコソルジャーチームストーリー




 彼女は夢を見ていた。
 夢を見ているのだという自覚を持ったまま、夢を見ていた。
 夢の中の彼女の世界は、墨を流したような真の闇に塗り潰されていた。
 その闇を支配しているのは、獰猛な獣の吠え声のような激しい唸りをあげて
 逆巻く闇よりもかぐろい風だった。
 血の臭いをさせて闇の深遠から吹きつけてくるその風が、
 たくさんの子供たちの泣き叫ぶ声を運んでくる。
 これが夢だということを少女は自覚していたが、しかしそれでも、
 胸の奥から突き上げてくる恐怖と絶望に、少女は思わず悲鳴をあげて目を醒ました。







 「何や、またかいな〜」

 山の中の細い道を、ケンスウとパオが歩いている。
 特に険しい道ではないが、勾配はわりと急で、
 ここを麓から上がってくるだけでもかなりの運動にはなるだろう。
 そこを、ふたりは大きな荷物を背負って歩いているのである。
 里へと降りて食糧や生活必需品を買い込んできた帰り道だった。

 「最近こないな記事ばっか見とるような気がするで、俺」

 「どうしたの? 何かあったの?」

 健気に大きなリュックを背負ったパオが、
 新聞を読みながら歩くケンスウの顔を見上げて尋ねた。
 人里から遠く離れた山中で修行に明け暮れている彼らにとって、
 買い出しのついでに買ってくる新聞は、
 世間のニュースを知るための数少ない手段のひとつだ。
 ケンスウは新聞の一面をぱしんと手ではたき、小さく鼻を鳴らした。

 「“成都の神童誘拐される!”やと。‥‥ったく、いったいどないなってんやろな」

 「誘拐事件?」

 「ああ。近頃あっちこっちで子供らがさらわれてんねや。
  中国だけやない、世界中で同じような事件が起こっとるらしい。
  しかもな、さらわれてんのはみんな不思議な力を持った子ばかりなんやと」

 「ふーん」

 「他人ごとやのうて、パオも気ィつけえや」

 大きな帽子が載ったパオの頭を、ケンスウがぐりぐりと撫でる。
 パオは荷物の重さにわずかによろめきながら、
 帽子の曲がりを直してケンスウに言った。

 「心配してくれるのは嬉しいんだけど、だったらまず僕の荷物少し減らしてよ。
  さっきから重くって‥‥」

 「何ゆうとんのや、これも修行のうちやろ?」

 「え〜?」

 「おまえにもっとパワーをつけさせてやろうっちゅう兄弟子の心遣いが判らんとは、
  おまえもまだまだ子供やのう」

 ちっちっちっと指を振って偉そうに説教を始めたケンスウの荷物は、
 確かに決して少なくはなかったが、相対的に見ればパオよりも軽そうだった。
 パオよりずっと身体が大きく、しかも年上のケンスウなら、もっとたくさんの
 荷物を背負うべきだというのは、何もパオだけが思うことではあるまい。

 「俺がおまえくらいの頃は、
  こんなもんやのうて、もっと大きな荷物をたったひとりで‥‥」

 「ホントかなあ‥‥」

 パオの疑わしげな視線もお構いなしに、結局ケンスウは、
 自分がいかによくできた子供だったかを得々と語りつつ――
 そこにはかなりのフィクションが混ざっているとおぼしかったが――
 彼らの修行の場である山寺へと戻ってきた。
 古びてはいるが、綺麗に掃除の行き届いている境内では、
 稽古着姿のアテナがゆっくりとした動きで拳法の型を繰り返し練習している。
 彼女たちの師匠であるチン老師は、大きな桃の木陰でのんびりと昼寝をしていた。

 「――あ、アテナおねえちゃん!」

 「うわっと!? こ、こら、待たんかい、パオ!」

 アテナに気づいたパオは、背負っていた荷物をケンスウに押しつけて走り出した。

 「ただいま、おねえちゃん!」

 「あら、お帰りなさい。ふたりともご苦労さま」

 光る汗の雫を拭い、アテナは買い出しから戻ってきたふたりを笑顔で出迎えた。
 しかし、
 その笑顔もケンスウが持つ新聞の記事に目が行った途端、冷たく凍りついてしまう。
 ケンスウはアテナの表情の変化に気づき、ふたり分の荷物を地面に降ろして尋ねた。

 「どないしたんや、アテナ? 顔色が悪いで」

 「ううん、別に‥‥」

 「別にゆうたかて‥‥きょうだけやない、最近ヘンやで?
  気がつくと何やひとりで浮かない顔しとるし‥‥」

 「何か悩みがあるなら打ち明けてみてよ。僕でよければ相談に乗るから」

 「あ、こら、パオ! それは俺のセリフやぞ!」

 ケンスウとパオのやり取りに小さく微笑んだアテナは、
 意を決したようにうなずき、自分が見た夢について打ち明けた。

 「闇の彼方から、こどもたちの鳴き声を乗っけて吹きつけてくる血生臭い風か‥‥
  確かにココロ悪い夢やなあ」

 軒下に並んだ大きな甕に腰を降ろし、ケンスウはふぅむと唸った。

 「それ、毎晩見とんのか?」

 「ええ‥‥」

 「いつからや?」

 「‥‥これが届いてから」

 アテナは稽古着のポケットの中からふたつに折りたたまれた封筒を取り出した。

 「そらぁKOFの招待状やないか」

 「それが届いた日から毎晩不吉な夢を見るようになったの?」

 「そうなの」

 「ふむ‥‥おそらくは予知夢じゃろうな」

 「うわ!? おったんか、お師匠さん!」

 さっきまで昼寝をしていたはずのチンが、
 いつの間にか三人のすぐそばに立って大きなあくびをしていた。
 すでに九〇歳になろうかという老人だが、やはりアテナたちの師匠だけあり、
 その実力は底が知れない。

 「おじいちゃん、今言ってた予知夢ってどういうこと?」

 「超能力者としてのアテナの力が何かに感応し、
  アテナに何らかのメッセージを伝えるためにそのような夢を見せておるのじゃろう。
  一種の啓示のようなものじゃ」

 「どっちにしても、
  あんまええニュースを伝えようとしてるモンとはちゃうみたいやな。
  何か心当たりはないんか、アテナ?」

 「根拠は何もないけど‥‥」

 アテナはケンスウが買ってきた新聞を手に取り、
 子供が誘拐されたという記事に目を落とした。チンは白い髭を撫でながら、

 「闇の中で泣き叫ぶ子供たち‥‥なるほどのう、
  さらわれた子供たちの助けを求める心の声を、
  アテナが無意識のうちに感じ取っていたということもありえん話ではないな」

 「でもお師匠さん、
  KOFの招待状が届いたのをきっかけにしてその夢を見始めたゆうんは‥‥?」

 「今回のKOFには何かあるのかもしれん。‥‥まあ、推測の域は出んのじゃが」

 「お師匠さま‥‥わたし、出場します」

 唇を軽く噛み締め、アテナは力強く立ち上がった。

 「ここで悩んでいたって何も始まらないですから。実際に出場して、
  今度のKOFが何か邪悪な意志のもとに開かれたものなのかどうか、
  自分の目で確かめてきたいと思います」

 「ほ、ほな俺も行くで!」

 「僕も!」

 「そうか‥‥そうじゃな、それがよかろう。この老いぼれの出る幕ではあるまい」

 日々少しずつ、心身ともに成長していく弟子たちを見て、
 チンは白い眉の舌の目を嬉しげに細めた。



BACK      HOME