K.O.F'EX 八神チームストーリー
新宿新都心の夜景を背負い、長身の若者が立ち尽くしていた。
いかにも空気の濁った都会の夜らしく、
今宵の夜空には月の輝きも星のまたたきもなかったが、しかし、
その若者の背中には、永遠に満ちることのない剣のような三日月があった。「八神 庵」
何をするでもなく、歩道橋の上からクルマの流れをじっと眺めていた若者のその背に、
唐突に声がかかった。「‥‥‥‥」
無言で振り返った若者――
八神 庵の鋭い視線の先に、いささか不釣合いなふたりの女が立っていた。「捜したよ」
そう言って笑ったのは、長身の庵よりもさらに背の高い美女だった。
グラマラスなボディをガンメタミンクのコートに包み、
きらきらとよく輝く瞳で庵を見据えている。そしてもうひとりは、
美女と比べればはるかに小さな、一五、六歳ほどと見える黒髪の美少女だった。
こちらはことさら感情の色を伏せ、血の気の薄い唇を引き結んで押し黙っている。
庵は路傍の石でも見やるような冷ややかな視線をふたりに投げかけ、
かすかに唇を吊り上げた。「‥‥十種神宝か」
「ご名答。さすがは八尺瓊の跡取りだ」
「ふん‥‥六〇〇年以上もなりをひそめていた連中が、いまさら何をしに出てきた?」
「言っとくけどねえ、わたしらがあんたらと袂を分かったのは、
もとはといえばあんたのご先祖サマのせいなんだよ?」冷たい炎のような庵のまなざしを平然と受け流し、大柄の美女は鼻を鳴らした。
「八尺瓊と草薙の対立をきっかけとして、神器の御三家はばらばらになった。
なら、神器を護持する十種神宝の十氏族がばらばらになるのも
当然のなりゆきだろ?」「そんな恨み言を言うために出てきたのか。ご苦労なことだ」
「‥‥ウワサ通りのイヤな男だねえ」
呆れたようにもらした美女は、かたわらの少女をちらりと見下ろした。
「単刀直入にいうわ。‥‥わたしたちといっしょにKOFに出場して」
少女は子供らしからぬ落ち着きのある声でいった。
口調は落ち着いていたが、
しかし、庵を見つめる瞳には、どこか思い詰めたような色がちらついている。
おそらく、何か胸に秘めるものがあっての上での、
それは八神 庵という男への懇願だった。「もちろん正式なエントリーじゃないわ。乱入ということになるけど‥‥」
「よそを当たれ。茶番につき合うつもりはない」
にべもなく言い放った庵は、きびすを返して歩き出した。
「ちょっとあんた、ハナシを聞くくらい良いんじゃないかい?」
美女がむっとしたように庵に追いすがり、その肩を掴もうとする。
その刹那、夜の闇を押しのけて紫の炎が走った。「‥‥目上の人間のいうことは聞いとくもんだよ、おチビちゃん」
傍若無人な庵の炎に焼かれたのはゴージャスなコートだけだった。
その体格からすれば驚異的ともいえる身のこなしを見せた美女は、
大きく後ろへと飛んで歩道橋の手摺の上に危なげなく降り立ち、
挑戦的な笑みとともに庵を見つめた。「あんたにとっても決して悪い話じゃないはずさ。
‥‥草薙 京と闘いたいんだろ?」美女のコートを一瞬で灰に変えた庵は、草薙 京という名前を聞いて目を細め、
狂気の炎を生み出す手を静かに握り締めた。「‥‥京が出てくるという保証でもあるのか?」
「あるよ」
手摺から飛び降り、美女は自信たっぷりにうなずいた。
「わたしらの他にも十種神宝が動き始めてる。
そいつがかならず草薙 京を引っ張り出してくるだろうさ」「今度の大会はかなり規模が大きいわ。
招待選手が出揃えば、きっとマスコミに向けてプレスリリースがあるはずよ。
そうすれば、わたしたちの言っていることが本当だと判る」「‥‥‥‥」
少女と美女の言葉を聞いていた庵は、
両手をレザーパンツのポケットに入れ、ふたたび歩き出した。「ちょっと――」
思わず声をうわずらせた少女の肩を、美女が押さえた。
「いいさ、ほっときな」
「でも‥‥」
「大丈夫、ヤツはわたしらと手を組むよ。組むというより‥‥
ま、利用してやろうとしか思ってないだろうけどね」一握りの灰の山になってしまった自分のコートを見て苦笑し、
美女は庵の背で暗く輝く三日月を見送った。「あの男は、ただ草薙 京と闘えればそれでいいんだよ。
わたしらが何を考えていようと関係ない。
草薙との闘いを邪魔するようなら容赦なくこっちに刃を向けてくるだろうけど、
そうでない限りはどうにかうまくやっていけるさ。
‥‥けど、これはまいったね」背中が大胆に開いたビスチェ姿の美女は、
吹く風の冷たさに我が身を抱えて首をすくめた。「高いコートをあっさり灰にしてくれちまって‥‥」
「優勝すればコートなんて何着も買えるわ」
「さて、乱入者にも賞金なんか出してくれるかしらねえ?
――ま、わたしらにしたところで優勝なんか眼中にないけどさ」「‥‥ありがとう、純」
庵の姿はすでに見えない。
庵が去っていったほうをじっと見つめていた少女は、
長身の美女を文字通り見上げてそういった。
純と呼ばれた美女は驚いたように目を丸くし、そして少し照れたように頭をかいた。「何をいまさら‥‥
あんたたちはわたしにとっちゃ妹や弟みたいなものなんだから、
そんな遠慮なんか無用だよ」「でも‥‥」
「それよりどこか暖かいところに入ろうよ。
このままじゃ大事な試合の前に風邪をひいちまいそうでさ」「‥‥うん」
純にくしゃくしゃと頭を撫でられた少女は、少しさびしげに笑って歩き出した。
通りすぎていくクルマのヘッドライトがふたりの姿を時折照らし出したが、
それもやがてはかぐろい闇の中に呑み込まれ、
あとにはただ、眠りを知らない大都会の喧騒だけが残った。