KOF MAXIMUM IMPACT 2

- Soiree Meira Story -



 アルバとソワレが両親と死別した時、ふたりはまだ3歳だった。
 だから、ふたりが両親について覚えていることはほとんどない。
 なにしろ双子の兄の方にイタリア語で「アルバ暁」、弟にフランス語で「ソワレ黄昏」と
 名付けるくらいだから、ふたりの親は――最大限に好意的に考えるなら――
 それなりの教養と洒落っ気を持つスペイン人かポルトガル人だったのかもしれない。
 なぜならメイラというのは、あのあたりのラテンな人々によくある姓だから。

 ドイツ人は勤勉で頑固で融通が利かないと言われるが、そんな気質などかけらも感じられない
 ソワレの陽気さは、そうした親譲りの部分もあるのかもしれない。
 ソワレはいつも底抜けに陽気だ。無駄に悩んだりしない。

 「‥‥あんな美人、一度会ったら忘れるはずねえんだけどなあ」

 冷めかけたハンバーガーをコーラで流し込み、ソワレ・メイラはひとりごちた。
 錆の浮いた手摺りに寄りかかって空を見上げる彼の脳裏には、ひと月ほど前に出会った
 美女の姿が今もちらついている。どこかで見たことがあるような気がする――
 というより、どこかで会ったことがあるはずの女だった。
 ひと月やそこらではなく、もっとずっと昔、単なる行きずりではない出会い方をしたこと
 があるような気がしてならない。しかし、その美女といつどこで会ったのか、
 その肝心なところが、ソワレにはまったく思い出せないのである。

 コークの空き缶を握り潰し、ソワレは頭をかかえた。

 「あーーーーっ!
  あんな美人の名前も思い出せねえなんて、何だかメチャクチャ損した気分だぜ!
  このソワレ様としたことが――」
 「何をひとり騒いでるの?ソワレ」

 ソワレが非常階段の踊り場でブツブツぼやいていると、からかうような声が下から飛んできた。

 「――また何かアルバに怒られるようなことでもしちゃった?」
 「おいおい、そういう言い方はないんじゃないか?アン。
  オレさまだってビミョーなお年頃なんだ、人並みに悩むことだってあるんだぜ?」
 「アルバはともかく、あなたに悩み?」

 階段を上がってきたアンは、口元に手を当てて小さく笑った。
 アンは、ソワレがアルバと共にこの街へやって来て以来の古い知り合いだ。
 ソワレにとってアンは妹のような存在だったが、当のアンは、むしろソワレのことを
 手のかかる弟か何かのようにしか思っていないふしがある。
 ソワレの方が6つも年上であるにもかかわらず、だ。
 それがソワレにはどうにも気に食わなかった。

 「ふん‥‥どーせオレは兄貴と違ってそういうのが似合わねえよ」
 「そうやってすねる方があなたには似合わないんじゃない?――はい、これ」
 「はん?」
 「あなたによ」

 アンの小さな手がソワレに一通の封筒を差し出す。

 「オレに手紙?」
 「ええ。ドアの隙間に挟まってたの」
 「手紙なんて‥‥、
  そんなシャレたモンを送ってくるような知り合いなんて、オレにはいないはずなんだがな――」

 受け取った封筒を何度かひっくり返してみたが、差出人の名前はどこにもない。
 ただ、赤い封瓶に記された紋章がソワレの目を惹いた。
 交差する二本の鎌に猛獣の翼――。

 「シュミがいいんだか悪いんだか‥‥」

 そうひとりごちた時、ソワレの顔にはいつものお調子者めいた笑みが浮かんだままだったが、
 ただ、その目だけは笑っていなかった。

 「‥‥何なの?」

 封筒の中身をあらためるソワレに、アンが心配そうに尋ねる。
 付き合いの長いアンは、ソワレの微妙な変化を敏感に感じ取っているようだった。

 「いや‥‥別にアンが心配するようなことじゃない」

 柔らかいアンの髪をくしゃりと撫で、ソワレは破顔した。

 「こいつは、何つーかまあ――お祭りのお誘いってヤツかな?」
 「お祭り?」
 「要するに、このソワレ様がいなけりゃ盛り上がるモンも盛り上がらないって事なんじゃないの?
  いやホント、人気者はツラいねえ――っと!」

 おどけたようにかぶりを振り、次の瞬間、すでにソワレの身体は軽やかに手摺りを飛び越え、
 宙を舞っていた。

 「そんじゃま、ちょっくら行ってくるぜ!」

 数メートル下の地面に危なげなく降り立ち、
 何ごともなかったかのようにポケットに手を突っ込んで歩き出すソワレ。

 「行くって‥‥ちょっと! どこに行くっていうのよ、ソワレ!」

 手摺りから身を乗り出して尋ねるアンに、ソワレは人懐っこい笑顔で言った。

 「だからお祭りだよ、お祭り!
  オレさまとしちゃあさ、やっぱお祭りと聞いちゃ黙ってられないじゃない?」

 砂利を踏んで歩くソワレの両足が、いつの間にかダンスのリズムを刻んでいる。
 闘いを前にするといつもこうだった。
 胸の奥から湧き上がってくる昂揚感に、知らず知らずのうちに身体が動いてしまう。
 頭の中で鳴り響くペリンバウの旋律に合わせてステップを踏みながら、
 ソワレは背中を向けたままアンに手を振った。

 「――オレが出かけたこと、兄貴やノエルたちにはしばらくナイショにしといてくれよな!
  お土産買ってきてやるからさ!」
 「ちょっと! ソワレ!」

 アンの呼ぶ声が追いかけてきたが、ソワレの歩みは止まらなかった。
 そう――悩んでいても仕方がない。
 あれこれ悩むなんていうのは、確かに自分のガラじゃないとソワレは思う。
 そういうことは、たとえば兄貴とか、悩む姿が絵になるヤツに任せておけばいい。

 「キング・オブ・ファイターズ、ね‥‥」

 尻のポケットに封筒を押し込み、ソワレは不敵に笑った。

 「――どこのどなたサマが開催なさるんだか知らないが、招待されたからには出場しない
  わけにはいかねえよな」

 闘いの予感に胸を躍らせるソワレの頭の中からは、さっきまでその大半を占めていたはずの
 美女のことも、もはや完全に消えてしまっていた。



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