KOF MAXIMUM IMPACT 2

- Iori Yagami Story -



 やかましくなり立てるだけのボーカルが耳障りな地下のライブハウスから、薄汚れた階段を
 登って地上へと向かう。
 防音のドアをへだてて、さっきのバンドの演奏がかすかに聞こえていたが、既に彼の意識は
 そこには向いていない。
 階段を登りきった先は、昼間でもうっすらと暗い路地で、夜ともなればなおさらに暗く、
 そして人気もなかった。いじましくゴミをあさっている野良犬がいるにはいるが、
 それも彼の一暫を受けた瞬間に尻尾を丸め、慌ててその場から逃げていく。

 「‥‥畜生の方が道理が判っているらしいな」

 ぼそりと呟き、八神 庵は歩き出した。
 毒々しいネオンサインの洪水が渦を巻く表通りの方ではなく、今さっき犬が逃げていった、
 さらに暗い闇がわだかまる路地の奥の方へと。

 特に用事があって足を向けたわけではない。
 それは彼なりの――誰に向けたものかは定かではないが、ささやかながらも一応の――
 “配虚”であった。
 迷路のような路地を歩き、やがて袋小路めいた場所へとやってきた時、庵の背後には
 いくつかの人影が付き従っていた。

 「‥‥‥‥‥」

 複雑なグラフィティで埋め尽くされたレンガ造りの高い塀の前で歩みを止め、
 庵は肩越しに背後を振り返った。
 数人の男たちが、庵の退路をふさぐかのように立ちはだかっていた。
 いずれも凶悪な面相をした男たちで、中にはナイフを手にしている者もいる。

 庵に道を訪ねようとしている――とは、どう好意的に解釈しても考えられない。
 明らかに、庵に対する敵意をいだいた連中だった。
 ただ、ただのチンピラとは少し違うようだった。
 確かになりだけは街のチンピラそのものだが、中身がまるで違っていた。
 ナイフの構え方や歩き方、そして何より全身から放たれる冷ややかな殺気が、
 彼らが戦闘訓練を積んだ人間だということを示している。

 チンピラのふりをしたプロたち――。
 果たして、庵はそのことに気づいていたのか。
 庵はただ、わずかに唇をゆがめて笑っただけだった。

 「ふん‥‥」

 庵の右手がポケットからゆっくりと出る。
 それが合図になったのか、男たちが一斉に襲いかかってきた。
 数だけを怜むチンピラにありがちな、相手を威嚇するというより自らを咆哮するための怒声は
 ついにあがらなかった。
 あくまで無言のまま、静かな殺気だけをまとって、ナイフを持った男たちが庵に殺到する。
 それを迎え撃ったのは、紫の熱い爆風だった。

 「うお――」

 妖しい炎に彩られた庵の拳が男たちを容赦なく薙ぎ払う。
 飛び散る血潮が炎にあぶられて異臭を放ち、肉が裂けるような――
 引き裂かれるような異音が響き渡った。そして――。
 どの男も、庵にかすり傷ひとつ負わせる事も出来ず、すぐに動かなくなった。
 確かに男たちはプロだったが、少なくとも庵の前に倒れ伏した今の姿はただのチンピラと変わらない。
 それを無感動に静観していた庵は、シルバーリングの輝く右手に炎をともしたまま、
 ゆっくりと視線をめぐらせた。

 「さっきからそこに隠れている奴‥‥そろそろ出てきたらどうだ?」
 「へえ‥‥やっぱこの程度の連中じゃ、ハナっから相手になんないか」

 折り重なるように倒れた男たちのさらに向こうに、夜目にも鮮やかなライトイエローの人影が
 唐突に現れた。まだ若い女――少女と言った方がしっくりくる年頃だろう。
 とげとげしい髪型にだぼっとしたイエロー系のコスチューム、
 そして何より人を小馬鹿にしたような瞳が特徴的な少女だった。

 「――さっすが八神 庵、何つーかもう、別格? うん、そういうカンジ。
  これなら十二分に出場資格アリじゃん」
 「出場資格‥‥だと?」
 「“ふん、くだらん”‥‥とかニヒルに決めてシカトしてるとさー、オマエ、
  マジで後悔する事になるかもよ? 何てったって、気になるアイツも出場するんだからさ!」

 そう言いながら、少女は庵の前に白い封筒を投げ出した。

 「じゃあね! それ、確かに渡したかんね!」

 それだけ言い残して、少女は現れた時と同じくらい唐突にその場から消えた。
 驚くべき身のこなし――だが、庵の表情は変わらない。

 「‥‥‥‥‥」

 庵の手で沈黙した男たちの血を吸い、白い封筒が赤く染まっていく。
 その封筒に印された禍々しい紋章をじっと見下ろしていた庵は、おもむろにそれを掴んで歩き出した。
 血なまぐさい風が紫炎のくすぶりをどこかへ押し流し、代わりにしっとりとした夜霧を運んでくる。
 星のない夜空には、細い赤い三日月が静かに輝いていた。
 長い前髪の奥からその月を見上げ、庵は歩いていく。

 自分が始末した男たちや、それにあの少女の事も――もはや庵にとってはどうでもいい事だった。
 彼らが何者であろうと庵には関係ない。
 いちいち詮索するのも面倒だったし、特に興味もなかった。
 八神 庵という男にとっては、この世のすべてがわずらわしいだけだった。

 唯一そうでないものがあるとすれば――。
 ポケットに手を突っ込んだ庵の手の中で、血塗れた封筒がくしゃりと潰れた。

 庵がただひとつ心を動かされるものが、この封筒が導く先にある。
 庵の本能が、そう告げていた。



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