KOF MAXIMUM IMPACT 2- Kula Diamond Story -
毎晩のように栗色の髪にブラシを入れてくれるセーラに、以前尋ねた事がある。「――クーラたち、どうして逃げ続けなきゃいけないの?」
ブラシを持つ手を束の間止めて、セーラは少し哀しそうに笑った。
「そうね‥‥」
あてもなく逃げ続けるか、あるいは闘うか――その頃のクーラたちの日々は、
そのどちらかしかなかった。
もっとも、そうした毎日が苦痛ばかりだったと言うわけではない。これまで任務の時を除けば≪ネスツ≫の施設の外へ出る事など許されなかったクーラにとって
K’やマキシマ、セーラたちと一緒の世界を股にかけた逃避行は、むしろ胸躍る出来事の連続だった。
いっそ楽しいと言ってもよかった。
だからこの時も、クーラはただ純粋に、疑問に思った事を口にしただけだった。
なぜ自分たちは逃げ続けなければならないのかと。しかし、それがセーラにとってはあまり楽しくない質問だったのだと言う事を、
クーラは彼女の表情を見て何となく察した。
少し、胸がちくりと痛んだ。「‥‥クーラ」
長い沈黙のあと、クーラのこめかみから垂れたひと房の髪をアクセサリーで束ね、
セーラは言った。「‥‥≪ネスツ≫がやっていた事が間違っていた事だと言うのは、あなたにももう判っているわね?」
「うん。‥‥けど、≪ネスツ≫ならもうみんなでやっつけたじゃない」
「そうね。確かに≪ネスツ≫は滅びたわ。――けど、
もう一度≪ネスツ≫を作ろうとしている悪い人たちが、世界にはたくさんいるのよ。
とても残念な事だけど」髪を梳かしてもらったクーラは、ベッドに腰かけたセーラの隣にちょこんと座り直し、
彼女の次の言葉を待った。「‥‥私たちは、そうした人たちと闘っているの」
「昨日やっつけた人たちも?」
「ええ」
「先週やっつけた人たちも?」
「そう」何度も繰り返されるクーラの単純な問いに、セーラはいちいちうなずいてくれた。
「――彼らをこのままにしておけば、また新たな≪ネスツ≫が生まれてしまう。
それに、彼らだって私たちをそっとしておいてはくれないの」
「どうして?」
「私たちが≪ネスツ≫によって造られた人間だからよ」
「造られた人間‥‥だから?」
「私たちの身体は≪ネスツ≫の科学力の結晶のようなものだから」そう答えたセーラは、さっきよりもまた少し哀しげな顔をしていた。
「簡単に言えば、新しい≪ネスツ≫になろうとしている人たちは、私たちを捕まえて、
解剖して、あなたやK’のような闘うための兵器としての人間を生み出そうとしているの。
判る?解剖」クーラが横に首を振ると、セーラは小さく笑って、その意味をそっと耳打ちしてくれた。
「ええ!? クーラ、そんなのイヤだよ!」
「でしょ?」セーラはクーラの頭をそっと抱き寄せた。
「もう二度と私たちのような人間を生み出しちゃいけない。
だから私たちは≪ネスツ≫の残党と闘っているの。‥‥いい?
確かに私たちは、闘うための兵器として生み出されたのかもしれない」
「闘うために、造られた‥‥?」
「でもそれは間違ってるの。私たちは兵器じゃないわ。
ひとりひとり、自分の意志で生きている人間なのよ」
「‥‥うん」セーラの胸に顔をうずめ、クーラは深くうなずいた。
正直、難しい話はクーラには判らない。
しかしセーラが嘘を言っていない事だけは、クーラにも判った。――ダイアナやフォクシーのように優しく、甘えさせてくれるセーラ。
――見た目はゴツいけど、いろいろと物知りで面白いおじさんのマキシマ。
――それに、つっけんどんで乱暴な、でも実は意外に“可愛い”所もあるK’。新しい“家族”の事が、クーラはとても大好きだった。
夜中にふと目が醒めた。
同じベッドで寝ていたはずのセーラの姿はない。
安いモーテルだから、壁は薄くて隣の部屋の物音がやけによく聞こえる。
どうやらセーラは、隣の部屋で、K’やマキシマと何か話しているようだった。眠い目をこすりながら自分もみんなの所へ行こうとしたクーラは、
何と話に聞こえてきた彼らの言葉に、はっとして立ち止まった。制御装置のトラブル――。
リアクターの暴走――。
巻島博士の居場所――。最初はみんなが何を言っているのかよく判らなかったが、
そのうちクーラにも大雑把に事情が呑み込めてきた。「‥‥‥‥‥」
クーラはベッドサイドを振り返った。
薄闇の中で、かすかな光を跳ね返し、黄金のカスタムグローブが輝いている。
少しだぶついたパジャマにはいまひとつそぐわない、
武骨なラインのカスタムグローブを両手にはめ、クーラは目を閉じた。変わっていく。栗色の髪が、氷の湖のようなアイスブルーに――。
ほんの一瞬、軽く念じただけで、クーラの手のひらの上にアイスクリームくらいの大きさの
氷の塊が凝結し、澄んだ音を立ててはじけた。
自分たちが兵器ではないと言うのなら、普通の人間にはないこの力は一体何のためにあるのだろう?
そういうことを、クーラは初めて真剣に考えた気がする。
この力を何のために使えばいいか、なんとなく判ったような気もする。「クーラも行く!」
ドアを押し開け、クーラは言った。
クーラには難しい事はよく判らない。でも、たぶんクーラは間違ってはいない。