KOF'XIII 餓狼チーム ストーリー




 アメリカ合衆国、サウスタウンのイーストアイランドにあるパオパオカフェ1号店は、格闘家として身を立てようとする者にとっては、ある種の聖地のようなものだった。
 そもそもこのサウスタウンは、世界でもっとも名の通った異種格闘技大会“キング・オブ・ファイターズ”発祥の地である。そのサウスタウンで夜ごとエキサイティングなファイトを提供するパオパオカフェが、腕自慢の格闘家たちが技を競う場となったのは、ごく自然な流れといえた。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ついつい身体を動かしたくなるようなベリンバウの旋律に、人々の明るい笑い声がかさなる。まだ夕刻と呼べるくらいの時間だったが、カクテルライトに照らし出された店内は、夜からのショーを待ちわびる客たちで早くも埋まりつつあった。
 心が浮き立つような、何ともいえず懐かしいこのワクワク感に、ついつい軽く足踏みしてリズムを取っていたジョー・ヒガシは、しかし、2階のテラス席から下のフロアを眺め、ふたたび不機嫌そうに嘆息した。
 不機嫌そうに――ではなく、ジョーは今、まさに不機嫌なのであった。
「ったく、あの目立ちたがり屋の兄弟め……」
 パーカーのポケットに手を突っ込んだまま、ジョーは天井を見上げた。
「世界のスーパースター、このジョー様を待たせるとは、あいつらもエラくなったもんだぜ」
「誰がスーパースターだって?」
 ジョーのテーブルへと、店長のリチャードが大きなジョッキを運んできた。多くの従業員がいる中、リチャードがみずからウェイター役を務めているのは、相手が馴染みのジョーだからだろう。
 ジョーの前にビールのジョッキとワニの唐揚げの皿を並べ、リチャードは苦笑した。
「テリーが約束の時間に遅れるのは、まあ、いつものことといえばいつものことだが、アンディまでが遅刻とは珍しいこともあるもんだ。――何かあったのかな?」
「……どうせロクな理由じゃねえよ」
 ジョッキを掴み、ジョーは一気にビールをあおった。
 現役ムエタイ王者にして史上最強のチャンプとの呼び声も高いジョー・ヒガシと、サウスタウンの伝説とまで呼ばれるテリー・ボガード、そしてテリーの弟で骨法の達人アンディ・ボガードの3人は、今回のKOFにチームを組んで出場することになっていた。
 それぞれが一流の格闘家である3人は、これまでもこのチームでたびたびKOFに参戦してきた。数多くのチームがしのぎを削る大会の中でも、つねに優勝候補の筆頭であり、最古参の常連チームといえる。
 だが、ここ最近はジョーやアンディがさまざまな事情から大会に参加できず、テリーだけがほかのメンバーを集めてエントリーするケースが続いており、この3人での参戦は久しぶりだった。
 にもかかわらず、待ち合わせの時間にテリーとアンディが遅れていた。すでにジョーはここで30分以上も待たされているのである。
 ジョーの立腹の理由は、つまるところはそこにあった。
 フォークを逆手に持ち、ざくりざくりと唐揚げを刺して口もとに運びながら、ジョーは低い声で毒づいた。
「あの金髪ロン毛ブラザーズめ……もしあと30分たっても来やがらなかったら――」
「おい、ジョー、来たぞ」
「何?」
 リチャードに肩を叩かれたジョーがフォークを放り出して手摺から身を乗り出すと、エントランスのところに、背中に長い金髪を垂らした青年と黒髪の美女が並んで立っていた。くだんのアンディ・ボガードと、その恋人――と自称している――不知火舞のふたりである。
「あ! あそこ! やっほー、ジョー!」
 自分たちを見下ろしているジョーとリチャードに気づいたのか、舞がふたりに向かってにこやかに手を振った。
「あいつら……またこれ見よがしにイチャイチャしやがって……!」
 アンディの腕にしがみついている舞を見て、ジョーがぎりぎりと歯をきしらせる。
「ん? どうした、ジョー? 何かいったか?」
「たるんでやがるっていったんだよ! アンディの野郎、だらしなくデレデレと鼻の下を伸ばしやがって――」
「別にアンディはだらしなくないと思うが……もしかしてジョー、おまえさん、アンディがうらやましいんじゃないのかい?」
「誰もそんなこといってねえ!」
 アルコールの酔いとは別の理由で顔を赤くし、ジョーはテーブルを叩いた。
 そこへ、アンディと舞が上がってきた。
「やあ、ジョー!」
「はぁい♪」
「遅れて悪かったね。飛行機に遅れが出てさ」
 ジョーの苛立ちなど知らぬげに、アンディは右手を差し出した。いかにもこの男らしいさわやかな笑顔である。
「チッ……飛行機が遅れたんじゃしゃあねーな……」
 遅参の理由を聞いて、ジョーの怒りがいくぶんやわらいだ。握手を交わす代わりにワニの唐揚げを突き刺したフォークをアンディの手に握らせ、わざとらしく咳払いをする。
「――で、テリーの野郎はどうしたんだ?」
「兄さん? さあ、知らないな。まだ来てないのかい? ……あれ? ワニって意外にいけるんだな」
 ジョーの隣に座ったアンディは、もぐもぐと唐揚げを咀嚼しながら、リチャードにビールを注文した。
「わたしもビールお願い、リチャードさん!」
 アンディとぴったり椅子を並べて寄り添った舞が、元気よく手を挙げる。
「OK、ビールふたつだね」
「ああ、それとね、ついでにわたしたちの祝勝パーティーの予約も入れといてもらえます?」
「祝勝パーティーだァ?」
 舞のセリフに、ジョーが眉をひそめて聞き返した。
「――おい舞ちゃん、おまえも今度の大会に出んのか?」
「ふっふ〜ん♪ 当然でしょ?」
 バッグの中から白い封筒を取り出し、舞はにんまりと目を細めた。
「何ていうの? ほら、やっぱりわたしがいないと締まらないのよね〜、この大会って。そういうわけだから、今回の優勝は元祖女性格闘家チームがいただくわよ。おあいにくさま♪」
「どう思う? 日本からずっとこんな調子なんだよ」
 扇子で口もとを隠して自信たっぷりに笑う舞に、アンディが呆れ顔で溜息をもらす。ジョーはビールを飲み干し、唇を吊り上げた。
「ま、夢を見るくらいはいーんじゃねーの? どうせ優勝すんのは、このジョー様と愉快な兄弟たちチームって決まってるけどな」
「ひさびさの出場で、みんな腕が鳴ってるようだな」
 ジョーたちのテーブルにジョッキを並べ、リチャードが楽しげに笑った。
「――ほら、おまえさんたちがお待ちかねの伝説の狼さんが、ようやくご到着のようだぞ?」
 リチャードが肩越しに後ろを指差すと、ちょうど階段を上がってテリーがやってくるところだった。その隣には、なぜかマリーの姿もある。ふたり並んだテリーとマリーと見て、ジョーの眉間のしわはさらに深くなった。
「ヘイ! みんなお揃いのようだな!」
 キャップのつばを押し上げ、テリーが陽気にウインクする。
「どうしたんだよ、兄さん、遅かったじゃないか」
「サウスタウンにはゆうべのうちに着いてたんだが、長旅に疲れて駅の待合室で眠り込んじまってな。で、起きたらもう約束の時間だし、慌ててマリーに連絡取って、ハーレー飛ばして送ってきてもらったってわけさ」
 悪びれない口ぶりで語るテリーを横目に、マリーはいささか大仰に肩をすくめた。
「こっちの都合も少しは考えてもらいたいものね、まったく。久しぶりに電話が来たと思ったら、大至急パオパオカフェまで送ってくれ、だもの」
「いやー、悪い悪い、ホント助かったよ、マリー」
「わりィわりィじゃねえ!」
 ジョーは椅子を蹴倒すほどのいきおいで立ち上がり、テリーとマリーの会話に割り込んだ。テリーの顔をびしっと指差し、大声でわめく。
「――てめェ、テリー! わりィことをしたとワビを入れるんだったらよ、マリーよりも先に頭を下げなきゃならねえ相手がいるだろうがよ、ああ!?」
「……どうしたんだ、ジョー? 何をそんなにカリカリしてるんだ?」
「いいからまずあやまれっつってんだよ! だいたいおまえ、前にもこんなふうに俺を待たせやがったことが――」
「そういえば、ちょっと小耳にはさんだんだけど」
 ジョーのいきどおりを無視するかのように、アンディが深刻そうな表情で切り出した。
「――今度の大会、あのライデンやホア・ジャイがキムさんといっしょに出場するらしいじゃないか」
「ライデンにホア・ジャイ……ウワサは聞いたことがあるけど、まさかあの人、今度はそのふたりを更生させるつもりなのかしら?」
「ま、強い奴らが出てくるぶんにはノープロブレムだ。ゴキゲンな勝負ができればいうことなしさ」
「相変わらずねえ、テリーは」
 顔を合わせていなかった時間を埋めるかのように、楽しげに語らうテリーたち。
それを目の当たりにしてジョーが拳を震わせていると、テリーがふと思いついたようにいった。
「――ひょっとして、おまえがナーバスになってるのはそれが理由か? 確かホア何とかいうヤツとは少なからず因縁があったよな、ジョー?」
「はァ!? 誰がナーバスになってるってんだよ!?」
「いや、だからおまえがだよ。……さっきからカリカリしてるじゃないか」
「いっ……いい加減にしやがれ、この野郎!」
 まったく悪びれるところのないテリーの態度についに堪忍袋の緒が切れたジョーは、目の前のテーブルを掴んでひっくり返した。
「ちょっ……お、おい、いきなりどうしたんだ、ジョー? もう酔ったのか?」
「うるせえ! てめえにゃまずリーダーの偉大さを思い知らせて、それからとっくりと詫びを入れさせてやらァ!」
「何だかよく判らないが……OK!大会前におたがいの強さを再確認といこうぜ!」
「さわやかに笑ってんじゃねえ!」
 テラス席の手摺を乗り越え、1階フロアのバトルステージに降り立つジョーとテリー。世界的にも名の知れたふたりの登場に、たちまちギャラリーたちの間から大歓声が沸き起こった。
「ったく、兄弟揃ってこれ見よがしにイチャイチャしやがって――!」
「何かいったか、ジョー? ギャラリーがうるさくってよく聞こえないぜ!」
「何でもねえよ!」
 軽やかなステップを踏むテリーを見据え、ジョーはパーカーを脱ぎ捨てた。陽気な微笑みはそのままだが、テリーの全身に覇気が満ちてくるのがジョーにも判る。
「……まあ、ダチとはいえ、こういうことははっきりさせとかなきゃな。どっちが強いかってことはよ――」
 心の奥底から湧き上がってくる熱い闘志が、体内のアルコールを一瞬で蒸発させ、ジョーの酔いをあらかた吹き飛ばした。いささか男らしくないいきどおりから始まったこととはいえ、こうして強敵を前にすると、自然と頭の中は戦いのことでいっぱいになる。
 結局のところ、ジョーもまた、強い奴と戦えればそれでご機嫌な、ある意味とても単純な男なのだった。
「行くぜ、ジョー!」
 軽快なステップから一転、テリーがジョーの目の前へと踏み込んでくる。テリーの実力がいささかも衰えていないことを確認し、ジョーの全身が歓喜に震えた。
「おっしゃああ!」
 一歩も引くことなく、むしろ自分からも前に踏み込みながら、ジョーは拳を繰り出した。

「見てやがれ……優勝を決めた瞬間、誰よりも熱い声援を浴びるのは、この俺、ジョー・ヒガシ様だぜ!」



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