KOF'XIII 怒チーム ストーリー




 地下の射撃訓練場に、断続的に銃声がとどろく。
 レオナは両手で構えていた大型の拳銃を下ろし、カートリッジを引き抜いた。
 その隣のブースでは、ショートカットの少女が同じように射撃の練習をしている。手にしている銃は、レオナが使っているガバメントよりもさらに巨大なデザートイーグル――本来なら、少女が構えるだけでもひと苦労するはずの代物だった。
 それを少女は、堂に入った動きで的に狙いを定め、ほとんど銃口をぶれさせることなく次々に引鉄を引いていく。
 弾丸を撃ち尽くした少女は、イヤーマフをはずしてレオナを見やった。
「グルーピングが悪いのは銃のせい? それともあなたの集中力が欠けているせい?」
「…………」
 少女――ウィップの問いに答えることなく、レオナは遠くに置かれた的を見つめた。自分が撃った的とウィップが撃った的、ふたつを見くらべてみれば、どちらの腕が上かははっきりと判る。それは単なる技量の差であって、銃や集中力の差ではない――と、レオナはそう思った。
 レオナは使い慣れたガバメントにあらたに弾を込め、低い声で呟いた。
「……あなた、わたしを監視しているの?」
「される覚えがあるの?」
「……前科はあるわ」
 かつてレオナは、“遥けし彼の地より出づる者”によって開催された“キング・オブ・ファイターズ”に参戦した際、“血の暴走”を起こしたことがある。前回の大会にレオナが参戦せず、代わりにウィップがラルフやクラークとともに参戦したのは、任務の最中にレオナがふたたび暴走する可能性が危険視されたからだった。
「あなた、今度の大会にはどうしても出場したいって上申したそうね? 何か理由があるの?」
「…………」
 レオナは口を閉ざし、それ以上のウィップからの質問をさえぎるかのようにイヤーマフをつけ直した。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 隻眼の傭兵の前に立ったラルフ・ジョーンズとクラーク・スティルは、そっと視線を交わして上官の言葉を待った。
 部下たちに背を向け、無言で書類をめくっていたハイデルンは、やがて小さな溜息とともに椅子を回転させた。
「……レオナから、今回の作戦へ加えてくれとの要望があった」
「へえ、あいつのほうから? そいつは珍しいこともあるもんですね」
「ということは、今回の大会は、大佐と俺、それにレオナの3人で参戦というわけですか?」
「いや」
 ハイデルンはマホガニーのデスクの上に書類を放り出し、ラルフたちを見上げた。
「その判断を下す前に、おまえたちの意見を聞きたい。前々回の大会終了直後にレオナが暴走したという事実を踏まえた上で――今回の作戦、レオナの参加を許可すべきだと思うか?」
 そう尋ねられたラルフは、にやりと口もとを吊り上げて笑った。
「どうしてそんなことをわざわざ聞くんです? あいつだけじゃない、俺たちだって、教官が行けといやァどんなところにだって行きますよ。レオナと組めといわれりゃ組みますし、ムチ子を連れてけといわれりゃ連れてきます。何も俺たちの意見を聞く必要はないんじゃないですかね?」
 どこかからかうようなラルフの回答に、それまで眉間にしわを寄せていたハイデルンが、ふと小さく苦笑した。
「……真っ先に危険にさらされるのはおまえたちだ。現場に立つ人間の意見は尊重すべきだろう」
「レオナの暴走の原因は、おそらく、封印を解かれたとかいうオロチの影響でしょう。だとすれば、どこにいたって影響を受けるんじゃありませんか?」
 クラークが淡々と私見を述べると、ラルフも大仰にうなずき、
「そうそう。……だいたい、いっしょにいる俺たちのことを案じてくれるってんなら、そもそもオロチとの最後の戦いの時に案じるべきだったんじゃないんですか、教官どの?」
 無精髭の生えた顎を撫で、ラルフは拳を握り締めた。
「――まぁ、もしまたあいつがこの前みたいに暴れ出すようなら、ブン殴ってでも正気に戻してやりますよ」
「大佐もこういっていることですし、俺たちのことならどうかご心配なく。……丸腰でゲリラが待ち受けているジャングルに放り込まれることを思えば、KOFは天国みたいなもんですから」
「ああ。少なくとも大会期間中はホテルのいいベッドの上で寝られるし、コンバットレーションともおさらばできるしな」
「……どうやらおまえたちには愚問だったようだな」
 ハイデルンは静かに目を伏せて立ち上がった。
「バーンシュタイン家が建設中の大会決勝戦用のドームスタジアムから南方50キロに位置する海上に艦隊を展開し、そこに指令本部を置いて私が作戦の指揮を執る」
「了解です。――しかし教官」
「何だ、クラーク?」
「そのバーンシュタイン家のご令嬢、ルガールの娘ですが、いったい何が狙いでKOFなんか開催する気になったんでしょう? バーンシュタイン家のメンツ……とも思えませんが」
「それはまだ判らん。……だが、あの連中が裏で糸を引いているという可能性もある。いずれにしろ、各人、油断をするな」
「はっ!」
 ラルフとクラークは、ハイデルンに最敬礼してそのオフィスをあとにした。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「――よう、お嬢さんがた」
 ウィップとレオナがそろって数十発の弾丸を消費した頃、地下射撃訓練場に、やたらと声の大きな上官が姿を現した。
「ふたり揃って射撃の訓練か。感心感心」
 折り目正しく敬礼していたウィップは、ラルフではなくクラークに向かって尋ねた。
「中尉、今回の作戦の件ですが――」
「ムチ子、おめーはバックアップだ」
 ウィップの問いを途中でさえぎり、ラルフは悪戯っぽい笑みを浮かべていい放った。
「今夜にも正式な通達があるだろうが、今度の大会は、俺とクラーク、それにレオナの3人でエントリーすることになった」
 それを聞いたウィップが大袈裟に肩をすくめる。
「――最初からこうなるんじゃないかって気はしてましたけど」
「へへっ、おめぇはアレだ、あの年中反抗期の坊主どもをどうやって引っ張り込むか、そいつを考えとくんだな。あんな不良少年でも、いざってェ時の頭数には数えられるからな」
「彼らを参戦させるのは、今回はわたしの任務じゃありませんよ」
 ぷいっとそっぽを向いたウィップの隣で、レオナが静かに敬礼をした。
「……ありがとうございます」
「礼なら教官にいうんだな。俺たちはただ、誰がチームメイトでも全力を尽くすといっただけだ」
「ま、安心しろよ。もしおまえがこの前と同じようなポカをやらかしたとしても、その時は俺が責任を持って正気に戻してやっから」
 小さな岩のような拳を誇示し、ラルフがにやりと笑う。それを見たウィップが、冷ややかな口調で釘を刺した。
「たとえそんな事態になったとしても、間違ってもレオナを殴り殺したりしないでくださいね。大佐は手加減てものができそうにないタイプですし――」
「あァ!? てめェ、ナニいってんだ? 人をまるで不器用な人間みてェにいいやがって――!」
「そのいいようだと、まるで大佐が器用な人間みたいじゃないですか。そいつは俺も初耳ですね」
「クラーク! てめェまで何いいやがる!?」
 射撃訓練場に、ラルフの怒声とクラークの笑い声が響き渡る。
 大きな作戦を目前にしているというのに、彼らには気負いというものがまったくない。レオナが幼い頃から硝煙の臭いの中に身を置いていた彼らが――そこがどんな戦場であろうと――特に身構えておもむくというようなことはないのだろう。
 青い髪を揺らし、レオナはほんの少し、口もとをゆるめた。
「――おいレオナ」
 レオナの些細な表情の変化に目ざとく気づいたラルフが、ぎろりとレオナを睨みつけた。
「おまえ、今笑いやがったな!?」
「はい」
「こ、こいつ、いけしゃあしゃあと――」
「たまには笑えと、大佐から命じられていますので」
「むっ……!」
 レオナのもっともな答えにラルフは返す言葉を失い、クラークとウィップは揃って噴き出した。
 この戦いの行き着くところに待ち受けているものが何なのか、それはレオナにも判らない。何かは判らないが、とにかく恐ろしい敵であることに間違いはないだろう。
 しかし、本当の意味でレオナが向き合わなければならない敵は、激闘の先に現れる何かではなく、激闘の中でレオナにささやきかけてくるもうひとりの自分――おのれの心の中に棲む呪わしい“血”であった。
 それは、一度は克服したはずの内なる敵だった。二度倒しても二度復活するという可能性も否定はできない。あるいは、レオナが生きているかぎり、何度でも戦わなければならない相手なのかもしれない。
 だが、レオナにその戦いを回避するという選択肢はなかった。だからこそ、今回の作戦にもみずから名乗りをあげたのである。
 敵は強大である。
 それでも、決して負けはしない。
 レオナにそう思わせてくれるのは、おそらく、このタフな戦友たちの存在があるからだろう。

 そして、レオナがほんの少しだけ笑えるようになったのも、彼らのおかげだった。



BACK  HOME