KOF'XIII 女性格闘家チーム ストーリー




「ゆずってあげたのよ!」
 と、不知火舞は力説した。
 ロンドンのナイツブリッジにある百貨店は、世界的な景気の後退もどこへやら、人種も性別もさまざまな人々が買い物を楽しんでいる。もちろん彼女たちもそうした人間のひとりだった。
「――そうよ、ゆずってあげたのよ。取られたんじゃなくてゆずってあげたの」
 ひとまず買い物を終えてティールームに席を確保した舞は、紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込み、ほっと溜息をついて大仰にうなずいた。それはまるで、自分自身を強引に納得させるかのようだった。
「そっかー、テリーさんたち、結局いつものチームに戻ったんだね」
 とぽとぽとカップに紅茶をそそぎ、ユリ・サカザキが呟く。舞は頬杖をつき、冷ややかに笑った。
「ま、テリーはともかく、どうせあのパンツ男にはほかにチーム組んでくれそうな知り合いなんていないだろうし、せっかくのカムバックなのに参戦できないんじゃ可哀相だしね」
 間もなく“キング・オブ・ファイターズ”が開催される。世界屈指の格闘家たちが集まる大会は、その激闘の数々はもちろんのこと、誰が誰とチームを組むかということも大きな話題のひとつであった。正式なトーナメント表が発表されるまでは、ファンたちの興味はほぼその一点に集中するといっても過言ではない。
 くだんの不知火舞も、KOFの舞台に久々に帰ってくるに当たっては、当然のようにアンディ・ボガードとのチーム結成を第一に考えていた。
 しかし、これもまた当然のように――舞にとってははなはだ口惜しいことに――一言のもとに却下されていた。アンディいわく、ひさしぶりのKOFには、初心に戻ってテリーやジョーたちとのチームで臨みたいから、ということらしい。
 ティーカップをソーサーに置き、ユリは安堵の笑みを浮かべた。
「――でも、わたし的にはちょっとラッキーだったかな」
「え? 何がよ?」
「だってほら、こっちはもう、おにいちゃんたちとは別のチームで出場するって決めちゃってたし、これでもし舞ちゃんがフリーじゃなかったら、今回はエントリーできなくなってたかもしれないじゃない?」
「それもそうね。……あ、エントリーといえば、キングさん、ちゃんと手続きしてくれたのかしら?」
「わたしがどうしたって?」
「あ、キングさん♪」
 いつの間にか舞の後ろに、シックなジャケットをスマートに着こなしたキングが立っていた。
「ハイ、おふたりさん」
 キングはウェイターにカフェオレをオーダーし、空いている椅子に腰を降ろした。遠目にはほっそりとした美男子のように見えるかもしれないキングだが、近くで見れば、その美貌は隠しようもない。実際、周りの席の男たちは、唐突に現れた男装の麗人に目を奪われていた。
 ソフト帽を脱いで膝の上に置き、キングは目を細めた。
「――あれ? 髪切ったのかい、ユリ?」
「あ、気づいてくれました?」
「ふぅん……ショートも似合うじゃないか」
「えへへ……これを機に、わたしもキングさんみたいなオトナのオンナを目指してみよっかな〜♪」
「な〜にいってるのよ、ユリちゃん」
 はにかんだ表情で頭をかいているユリを、頬杖をついた舞が冷ややかに見やった。
「髪を短くしたからってオトナになれるわけじゃないでしょ? だいたい、大和撫子なら長い黒髪が一番なんだから」
「わたしアメリカ人だも〜ん」
 舞の言葉にすかさず交ぜ返したユリは、はたと何かに気づいたように、バッグの中から1冊の雑誌を取り出した。
「――そうだ、ぜんぜん関係ないけど、キングさん、ちょっとこの雑誌読んでくれません? パリでトランジットの時に見かけてつい買っちゃったけど、わたし、フランス語はさっぱりで……」
「何だい?」
「これこれ、この記事!」
「ふん……?」
 派手な表紙を一瞥し、キングは眉をひそめた。
「KOFに参戦が予想される注目の美女……?」
「そうなの、どうも今度の大会に参戦する女性格闘家の特集らしいんだけど――」
「え? それっておかしくない?」
 舞はぱちりと音を立てて扇子を閉じ、不服そうな声をあげた。
「――わたしのところには取材なんか来てないわよ? そんな特集が組まれてるなら、真っ先にわたしたちのところへ来るのがふつうじゃない?」
「わたしのところにも来てないのよね。……キングさんのところには?」
「いや、ウチにも来てないよ」
「ちょっとちょっと、わたしたち元祖女性格闘家チームを差し置いて、いったい誰のところに取材に行ってるわけ?」
「えーと……香澄ちゃんとか、シャンフェイちゃんとか、あのまりんとかって子とか――でも、一番ページが多くてクローズアップされてるのは、ほら、イギリスの大富豪のお嬢さまの」
「ジェニーかい?」
「そうそう!」
「ジェニーって……ああ、あのハイヒールで人をひっぱたく露出過多の野蛮な女?」
 舞の言葉には明らかに毒が混じっている。ユリは苦笑混じりに肩をすくめ、チームメイトをたしなめた。
「あのさ、舞ちゃん……ハイヒールはともかく、舞ちゃんが他人の露出度のことをとやかくいえないと思うんだけど」
「わたしはいいの! あれは先祖伝来の由緒正しい衣装なんだから! ――それよりキングさん、何て書いてあるわけ?」
「えーっと……」
 カフェオレをすすり、キングは特集記事に目を通した。
「……これはあれだね、何というか――女性格闘家の、世代交代というか」
「は? 世代交代?」
「新時代の格闘女王は誰だ、みたいな感じで組んである特集だよ。インタビューを読むかぎり、ジェニーもKOFに出場する気みたいだね」
「出場する気って……え? まさか、女の子ばっかりのチームじゃないわよねぇ?」
「いや、そのつもりらしい発言をしてるね。このインタビューの時点では、まだエントリーを締め切ってなかったようだから、はっきりと誰と組むとは明言してないけど」
「へー、それって何だか面白そうじゃない。ね、舞ちゃん?」
 紅茶にミルクを垂らし、ユリは上目遣いに舞を見やった。その唇が、悪戯っぽく吊り上がっている。
「考えてみればそうよね……もし本戦で当たるようなことがあれば、世界数億人の視聴者の前で、どっちが真に最強の美女軍団かってことを証明できるわけだし」
「あ、でもそれ以前に、この子たち本戦に出てこられなかったりして」
「あー、ありえるかも! 急造チームなんかで勝ち抜けるほど甘くないもんね、KOFって」
「そうだよね〜♪」
「何をいってるんだか……」
 手に手を取り合ってにやにや笑っている舞とユリを見やり、キングは小さく咳払いをした。
「あんたたち、調子に乗ってると思わぬところで足をすくわれるよ?」
「だってぇ……」
「キングさんはアタマ来ないわけ、こんな記事書かれてるのに?」
「別に」
 雑誌を閉じてユリに突き返し、キングはカフェオレを飲み干した。
「――よそのチームが何をいおうと誰が何といおうと、そんなこと関係ないね。わたしはただ、すべての試合で全力を出すだけさ」
「それは……わたしたちだって、もちろんそのつもりですけど」
「じゃあいいじゃないか。……それよりほら、行くよ」
 キングは立ち上がって天井を指差した。
「え? 行くってどこに? キングさんのお店に行くんじゃないの?」
「その前に、ここでドレスでもオーダーしてこようかと思ってね」
「ドレス!?」
 舞とユリは顔を見合わせて素っ頓狂な声をあげた。
「どうしてドレスなんか――」
「そうよ、ふだんキングさん、ドレスなんて着ないじゃない」
「確かにそうだけどね」
 年下のチームメイトたちを肩越しに振り返り、キングはぱちんとウインクした。
「――祝勝パーティーには、それなりにきちんとした恰好で出たいじゃないか」
「祝勝パーティーって……」
 呆然とその言葉を反芻した舞は、時間差で小さく噴き出し、口もとを扇子で隠してユリにささやいた。
「キングさん、あんなこといってたけど、ばっちり意識してるじゃない、さっきの記事!」
「うんうん、要するに、ほかのチームには絶対負けないってことでしょ? キングさんらしい必勝宣言ていうかー」
「そこのふたり! もたもたしてると置いてくよ! それとも、あんたたちは新調しなくていいのかい?」
「あ! 行きま〜す!」
 ふたりは買い物袋を持って慌ててキングを追いかけた。
「――どうせだから、今からパーティー会場押さえちゃいます? ほら、サウスタウンのリチャードさんのお店とか」
「そうだね。ウチの店でパーティーっていうんじゃ、わたしが今ひとつ楽しめないし」
「あそこだったらちょっとくらい騒いでもそんなに怒られないよね。……たぶん」
「わたしの店で騒がれなきゃどうだっていいさ」
「キングさん、けっこうヒドーい!」
 長いエスカレーターに乗って、かしましい女たちが階上へと上がっていく。
 彼女たちがふと窓の外を見ると、夕日に暮れなずむロンドンの空に、茜色に輝く飛行船が浮かんでいた。

“キング・オブ・ファイターズ”――。
 史上最大の規模で開催される格闘の祭典は、もう間もなくだった。



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