KOF’XII 草薙 京 ストーリー




 火炎祓濯――草薙 京



 肌に心地よい夜風。
 静かに降り続けるはなびらが、握り締めた拳の上に薄く積もっていく。
 このままじっと立ち尽くしていれば、人ひとりの身体など、あっという間に薄紅色の中に呑み込まれてしまうだろう。
 手袋をはずした自分の拳と、その上に降り積もっていくはなびらをじっと見つめていた草薙京は、ふと目をしばたかせ、右腕をひと振りした。。
 赤くともった炎にあぶられたはなびらが、束の間、渦を巻いたように見えた。
 桜の樹の下には死体が埋まっている――梶井基次郎は京も好きだったが、柄にもなくあれこれ考えてしまうのは、この狂い咲く夜桜のせいに違いなかった。



 これまでの京の闘いには、つねに何かしらのしがらみがあった。
 ある時は神器としてのオロチとの闘いであり、ある時は自分をモルモットあつかいしたネスツとの闘いであり、そして今も、目に見えない何かを背負わされて闘い続けている。
 何もないまっさらな自分として闘いに臨めたのは、いったいいつのことだったのか。
 紅丸や大門たちと初めて顔を合わせた大会は――今にして思えば――たかだか全国規模の、世界レベルのKOFとはくらべるべくもない小さな舞台だったが、今はなぜかあの日のことが無性に懐かしかった。



 大樹の幹に寄りかかってぼんやりしていると、不意に携帯が鳴り出した。

『――京か?』

「おう」

 あまりのタイミングのよさに人知れず苦笑し、京は大きく深呼吸した。桜の葉が放つ香気が身体中に染み渡る。

『おまえ、今どこにいるんだ?お袋さんに聞いたら山籠もりに出かけたっていってたけど』

「お袋にかつがれたんだろ。ケータイが通じる場所で山籠もりって、どんだけ根性ないんだよ?」

『そりゃそうだ。‥‥で、どこにいるって?』

「近所の公園。花見だよ」

『こんな時期にか?もう散ってるだろ?』

「まだ咲いてる場所があるんだよ。俺しか知らない穴場でさ。――おまえも来るか?」

『遠慮させてもらうよ。花は花でも、俺はどちらかといえば解語の花のほうが好みでね』

「勝手にいってろ。‥‥それで、いったい俺に何の用だ?」

『別に用事ってほどのことはないんだ。単なる気まぐれさ』

「そうか」

 二階堂紅丸が、何の用事もなくこんな電話をしてくるはずがない。自分のことを気に懸けて連絡してきたのだということは、みなまで聞かずとも京には判っていた。
 鼻の頭を軽くこすり、京は呟いた。

「‥‥おまえ、けっこう苦労性だよな」

『はぁ?』

「何でもねえ」

 一方的に電話を切り、京は立ち上がった。
 さりさりと音を立てて、身体の上に積もっていたはなびらが流れ落ちていった。



 物心ついた時にはすでに草薙流の修行をさせられていて、自分の意思とは無関係に、三種の神器としての宿命を背負わされて生きてきた。
 そして15の時、先代の草薙流伝承者だった父――草薙柴舟を超えた。
 その日から、正式に京が草薙流を継承したことになっている。
 しかし、ひょっとするとあの闘いは、父が伝承者という堅苦しい肩書から解放されるために、あえて息子に勝ちをゆずったのかもしれないと、今では京はそう考えている。当時は思いもしなかったが、その後の父の自由気ままな暮らしぶりを考えると、その可能性もありえなくはない。
 実際、あのあと父は草薙流はおまえに任せたといい残して、さっさと海外へ武者修行の旅に出てしまった。

「無責任な親父のおかげで、神器だのオロチだのと面倒なハナシに首を突っ込まざるをえなくなっちまったんだよ」

 そう毒づく京の横顔に、しかし、不貞腐れたところはない。。
 京は面倒なことは嫌いだったが、あえて闘いを避けようとする臆病な男でもなかった。
 宿命に縛られたくはない。だが、それから逃げたといわれるのも癪だった。
 だから京は伝承者としての自覚や矜持などとは関係なく、草薙の炎をまとって闘う。
 オロチと闘い、ネスツと闘い、そしてこれからも闘っていく。
 いわばそれは、いささか子供っぽい、京の意地でもあった。
 そして、今はそれでいいと思っている。



 降り積もったはなびらを、さくりさくりと踏み締め、街が一望できる小高い丘を降りていく。次第に大きくなってくる夜の街の喧騒が、京を現実へと引き戻した。
 ふと見上げると、星の少ない都会の空に、細い三日月が架かっていた。

「‥‥‥‥」

 歩道橋の上で立ち止まり、剣のような三日月を見上げていると、規則正しい足音と呑気な声が向こうからやってきた。

「あれー?草薙さんじゃないっすか」

「よう」

 視線を地上に引き降ろすと、軽く息を切らせるジャージ姿の矢吹真吾が立っていた。

「何やってんだ、おまえ?」

「何って、見て判らないっすか?」

「‥‥散歩か?」

「ジョギングっすよー!このカッコで判るでしょ〜!」

「ふーん」

「ふーん、って‥‥」

 あからさまに興味のなさそうな京のリアクションに、真吾はがっくりと肩を落とした。

「で、何でジョギングなんざしてんだ?」

「何でって、決まってるじゃないですか」

 真吾はやにわに拳を固めて虚空に向かって左右の連打を繰り出した。

「――あしたのためのその1っスよ!シュッシュッ!燃えろぉ!みたいな」

「口でいうなよ。ぜんぜん迫力ねぇぞ」

 やる気に実力がともなっていない真吾のシャドーを一笑に付し、京はポケットに手を突っ込んだ。

「――ま、そうやってひたむきな努力を続けてりゃ、いつか何かの拍子で火花くらいは出るかもな」

「え!?で、出ますかね!?」

「出るかもっていっただけだろ。‥‥たぶん出ねェけど」

「どっちなんすか〜?」

「んじゃあ出ねえ」

「ひ、ヒドいっすよ、草薙さん!それでも俺の師匠なんスか!?」

「おまえが勝手に弟子だって名乗ってるだけだろ。‥‥じゃあな」

「あ!ちょ、ちょっと待ってくださいよ!こうしてここで出会ったのも何かの運命!ついでに何か新技教えてくださいよ!」

「俺は散歩の途中だ。別に運命なんざ感じねえよ」

「そんなこといわずに――」

「うるせえ!」

「あだっ!」

 しつこい押しかけ弟子を蹴り剥がし、京はポケットに手を突っ込んだまま、歩道橋を軽やかに駆け降りていった。



 月が京を追いかけてくる。
 青ざめてさえ見える月の光が、川沿いの土手の上のアスファルトの道に、京のシルエットが細長い影となって落ちている。
 少し背中を丸め、口笛を吹きながら、京は家路を歩いていた。


 京には仲間がいる。
 紅丸、大門、それに真吾――。
 気心も実力も知れた、頼もしいチームメイトだった。
 だが、それでも、闘う時はつねにひとりだ。
 まして京には、ほかの誰に押しつけることもできない因縁がある。
 ほかの誰でもない、自分が闘わなければならない相手がいる。

「――――」

 肩越しに夜空の月を一瞥し、京は苦笑混じりに頭をかいた。
 月を見るたびに思い出す――。

「‥‥ま、退屈はしないですみそうってのが、唯一の救いかもな」

 そうひとりごちた京は、ポケットから引き抜いた拳を握り締め、前方の闇に向かって繰り出した。うわべの形だけをなぞった真吾のそれとはくらべものにならない。

「御託はいらねえ‥‥ステージに立ったらあとはやるだけだぜ」

 炎を噴き上げる拳が京の不敵な笑みを照らし出す。
 その時、袖口のところに引っかかっていたはなびらが、蛍火のような小さな光を放って燃え尽きた。



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