KOF’XII 二階堂紅丸 ストーリー




 シューティング・スター――二階堂紅丸



 自分は天才である。
 二階堂紅丸はそう信じて疑わず、そう公言してはばからない。
 日米ハーフで一流モデルとしても通用する容姿を持ち、多芸多才で何をさせてもそつがなく、ついでにいえば二階堂グループ会長の令息という恵まれた環境にある自分を、天才と呼ばずして何と呼ぶのか。
 天才でなければ神童か。


 ――そううそぶく紅丸は、事実、格闘技というジャンルにおいても天才的であった。
 みずからのホームグラウンドにシューティングを選んだ紅丸は、一時期、格闘家とモデルの二足の草鞋を履いていた時期がある。とりもなおさず、それは紅丸の強さが冠絶していたことをしめすものだった。すなわち、彼の対戦相手の誰ひとりとして、紅丸の顔に青痣のひとつもつけることができなかったのである。
 本人が周囲に語ったことはないが、おそらくこの頃の紅丸は、格闘技すらも数多くある趣味のうちのひとつ――クレー射撃やスカイクルージングといった、金も手間もかかる趣味のひとつにすぎないと考えていたのかもしれない。
 なぜなら、それはまだ紅丸にとって、本気になるほどのものではなかったであろうから。
 そんな紅丸の天才性が格闘技に本格的に注力されていくのは、ひとつの敗北がきっかけだった。


 対戦相手の名は草薙京。
 紅丸よりひとつ年下の、当時はまだ――留年しているとはいえ――高校在学中の若者だった。



「見てみたかったわね」

 潮風に目を細め、神楽ちづるは笑った。

「何を?」

「あなたが草薙に負けた試合」

「幸か不幸か、中継は入ってなかったんだよ。ご期待に添えなくて残念だけど」

 空と海の青さを写し取ったようなスマートなオープンカーが、海岸沿いのハイウェイを軽快に駆けていく。ハンドルを握っていた紅丸は、風になびく金髪をサングラスで押さえ、妙なものを見たがるちづるに苦笑した。

「本当なら俺が勝っていた試合だよ」

「そうなの?」

「相手が何の実績もない新人だと思って、俺がほんの少し油断しただけさ。‥‥ま、言い訳にしかならないから、いまさらあれこれいうつもりはないけれどね」

「あれこれいっているじゃない」

「相手がきみだからだよ。ほかの人間には絶対にいわない」

「きっと、女の人にはいつもそんな思わせぶりなセリフを口にしてるのね、二階堂くんは」

「さて」

 横顔にそそがれるちづるの視線を感じながら、紅丸は唇をゆがめた。



 全日本異種格闘技選手権、決勝戦――。
 ならばあの試合、油断がなければ勝てたのかと聞かれれば、さすがの紅丸も、かならず勝てたとは即答しかねる。草薙京はそれほどまでに強い相手だった。
 が、油断がなくてもやはり負けていただろうと認めることは、それはそれで、紅丸のプライドが許さない。
 だから紅丸は、たがいの実力は伯仲、しかしあの時は自分に運がなかったのだと思うことにしている。自分が勝っていてもおかしくはなかったが、あの場は京に軍配が上がっただけのことだ、と。

「――勝利の女神は俺の美貌に嫉妬したのさ、たぶんね」

「何かいった、二階堂くん?」

 水際でちづるが振り返る。

「いや、きみも大変だと思ってね。‥‥あいつ、ガキだろ?」

「‥‥そうね。もう少し草薙流の継承者としての自覚を持ってくれるといいんだけど」

「京といい八神といい、つくづく不届きな連中だな。こんな美女を困らせるとは」

 草薙家や八神家とオロチ一族との因縁については、紅丸もさほど詳しくは知らない。京はそういう話をしたがらなかったし、それ以前に、京自身がそうしたことについてよく判っていなかったふしもある。
 いずれにせよ、それは京が背負っていくべきものであって、紅丸が口出しすべき問題ではない。

「助かっているわ」

 寄せては返す波に素足をひたし、沈む夕陽をじっと見つめていたちづるが、ふと思い出したようにいった。
 京をささえてくれてありがとう――そういう意味なのだろうと紅丸には見当がついた。
 しかし、紅丸には京をささえているつもりはない。

「あいつは誰かにささえてもらう必要なんかないよ」

 紅丸は自嘲気味にならないよう、注意深く笑顔を選んだ。

「もし誰かがあいつをささえてやれるとしても、それは俺じゃない。ガキのおもりはまっぴらでね。‥‥だいたい、そんないい方をしたら、まるで京が主役で俺が脇役みたいに聞こえるじゃないか」

「なら、なぜいつも草薙と同じチームで出場するの?」

「きみさえよければ、俺はいつでもきみと組む用意があるんだけどね」

 紅丸は大袈裟に肩をすくめ、愛車のボンネットに寄りかかった。

「俺はただ‥‥京のヤツに、つまらないところで負けてもらいたくないだけさ。二階堂紅丸という天才に初めて土をつけた以上、草薙京にはその義務がある。――と思うんだが、どうだい?」

「かもしれないわね」

「いろいろとカタがついて、あいつが身軽になったら、その時あらためて決着をつけてやるさ。‥‥もちろん、俺の華麗な勝利でね」


 いつの間にか夕闇が忍び寄っていた。
 群青色に染まりつつある東の空に、気の早い一番星がちらちらとまたたき始めている。



 向かいのビルのネオンサインが射し込んできて、ときおり、照明の少ない立体駐車場の中をあざやかな青や紫の光で照らし出した。
 エンジンを切った紅丸は、隣に座るちづるを見ようともせず、潮風にべとついた自分の髪をいじりながら呟いた。

「きみのうちまで送ってあげてもいいのにな」

「ありがとう。でも、ここでいいわ」

 ちづるは楚々とした動きでクルマを降りた。

「――いまさらだけど、トレーニングの必要はないの、二階堂くん?もうすぐ試合があるんでしょう?」

「俺は天才だぜ、ちづるさん?」

「努力はするけど決してそれを人に見せたがらない天才――ね。そこは草薙と似てるわ」

「よしてくれ。京と似てるなんていわれても、嬉しくも何ともない」

「ごめんなさい」

 ちづるはくすっと笑って手を振った。

「――それじゃ、草薙のこと、お願いね」

「デートの最後に聞きたいセリフじゃないね、どうも」

 紅丸は軽く苦笑し、コンクリートの床にヒールの音を響かせて去っていくちづるを見送った。
 腕時計を一瞥すると、まだ9時にもなっていなかった。夜遊びを切り上げるには早すぎる時間だ。

「――ま、たまにはストイックなのもいいさ」

 もう夏も終わりだというのに、アスファルトが吐き出す熱気のおかげで都会の夜気はいまだ蒸すように熱い。襟もとに風を送り込んでわずかな涼をむさぼった紅丸は、静かにオープンカーをスタートさせた。

 どんな大舞台を前にしても、紅丸は決して特別なトレーニングなどしない。常在戦場を気取るつもりはないが、どんな時でも最高のコンディションでいること、いつでも最高のパフォーマンスができることこそが、プロとしての最低条件だと紅丸は考えている。
 そして紅丸は、日々それにふさわしい努力を積み重ねてきている。今すぐ京と闘えといわれても戸惑うことはない。

「しかしまあ――どうせやるならそれなりの舞台とモチベーションは欲しいもんさ」

 今はまだ、京にはいろいろとしがらみがある。京と自分が決着をつけるには、まだ機が熟していない。
 その時が来るまで、紅丸は京のお目付け役でもかまわないと思っている。

「最終的に誰よりも輝くのはこの俺だってことには変わりないからな」

 蒸し暑さを振り切るように、紅丸はアクセルを踏み込んだ。

 都会の喧騒を離れて郊外へと向かくマシンの先には、ひときわ強く明るく輝く星があった。



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