KOF’XII 大門五郎 ストーリー




 聳え立つ嵐の山――Goro Daimon



 ふだん、大門五郎は朝の4時半に起きる。
 家族まで起こしてしまうことのないよう、目覚まし時計は使わない。そういうものを使わなくても、まるで計ったかのようにぴたりと午前4時半に勝手に目が醒めるのである。
 そして大門はけさも時間通りに目を醒ました。起きるつもりがなくても、もっと寝ているつもりでも、こうして目が醒めてしまう。
 身についた習慣というものは恐ろしい。

「‥‥‥‥」  ムードランプだけの室内には、まだ夜の名残の闇がこびりついている。カーテンを開いても、窓の外には白い霧が立ち込めるばかりで、ろくに風景も見えない。
 日本から持参してきた浴衣姿で窓の前に立った大門は、あちこちきしむ身体を軽くほぐし、いまだに枕に顔を突っ込んでいるチームメイトたちを振り返った。

「‥‥おい、京、紅丸」

 ふたりからの返事はない。

「起きろ、ふたりとも。ロードワークの時間だぞ」

「‥‥ちょっと静かにしてくれよ、大門先生‥‥」

 ようやく紅丸がもぞもぞと毛布の中で動き始めたが、京は相変わらず反応がない。

「おまえは早くに寝たからいいかもしれねえけど、俺と京は1時すぎまで起きてたんだぜ?今何時だよ?」

「4時半だ」

「‥‥冗談だろ?」

 時計を確認し、紅丸はふたたび毛布を頭までかぶってしまった。

「冗談ではない」

 その毛布を無理矢理引っぺがし、さらには京の毛布も取り上げた大門は、パジャマ姿のふたりを相手にいきなり説教を始めた。

「近頃のおぬしらはたるんでおる。まずは自覚を持て」

「いやー、自覚っつってもなあ‥‥」

 大きなあくびを噛み殺し、京はぼりぼりと頭をかいた。

「京‥‥おぬしに関しては、お父上から特にきびしく面倒を見てもらいたいとおおせつかっておる」

「真に受けんなよ、ゴローちゃんも。‥‥そんなのあの親父の嫌がらせに決まってんだろ?だいたい、俺より弱ェ親父にいまさら口出しなんざ――」

「その心がけがまず間違っておる!先人を軽んじて何とするか!」

 大門はだらだらとした京のセリフを一喝して黙らせ、今度は紅丸に向き直った。

「紅丸、おぬしもおぬしだ。ひさびさに集まって3人でトレーニングをというからおぬしに行き先を任せたというのに、何だ、このありさまは?」

「はぁ?何かまずかったのか?」

「修行といえば山!山といえば山籠もりと決まっておろうが!それがどうしてこんな海辺の観光地などに、それもこのような高級なホテルに部屋など用意しおったのだ!?」

「別にいいんじゃねえ?山に籠もって貧相な食事と寝袋での睡眠なんて生活を続けてたんじゃ、トレーニングどころか体力が落ちるだけだからな。紅丸が取ってくれたこのホテル、俺は大歓迎だぜ」

「そうそう、休む時はちゃんと休んだほうが能率だって上がるだろ?このホテルには設備のいいジムだってあるし――」

「そんな甘えた考えで心身が鍛えられると思っておるのか!」

 大門の怒号に、京と紅丸は揃ってベッドから転げ落ちた。



 大門五郎は柔道家である。
 何度か引退と復帰を繰り返し、結果的には総合格闘技と柔道の両方をこなす形にはなっているが、気概としては柔道家のそれをいまだに失ってはいない。
 ただ、どちらの世界で生きていくにしても、自分はひどく不器用なのだろうと、大門はそう感じている。
 古きよき時代の大和魂を持つ男、というと聞こえはいい。
 聞こえはいいが、裏を返せば、それは時代錯誤、時代に合わせることができないという意味でもある。実際、大門五郎は、たびたびそういうことをいわれてきた男だった。
 しかし、だからといってこれまでの流儀を急にあらためることはできないし、あらためるつもりもない。
 最先端の科学的なトレーニングや徹底した食事管理を取り入れ、きっちりと成果を出している選手たちがいる一方で、大門は、そうしたやり方は自分の性に合わないと考えている。ウェイトリフティングよりはうさぎ跳び、サプリメントよりは昔ながらの日本食――そう考えて実践を続けているのが大門五郎という男であった。
 そして、確かに大門にはそうした昔ながらの流儀が合っているのだろう。

 ただひとつ不幸があるとすれば、しばしばそれにつき合わされる人間がいるということかもしれない。



 夜も明けきらないうちから長距離のロードワークに出た大門は、途中で日の出に向かって手を合わせ、1時間ほどしてホテルに帰ってきた。そして、無理矢理それにつき合わされた京と紅丸が戻ってきたのは、さらに30分ほどしてからのことだった。

「‥‥ありえねえだろ、これ‥‥」

 ぐったりと疲れ果ててロビーに戻ってきた京は、エレベーターの前でしゃがみ込み、うんざり顔でぼやいた。

「おい紅丸‥‥まさかこれから毎朝この調子じゃねえだろうな?」

「俺に聞くなよ」

 コンディションさえ問題なければ、ふたりとも10キロ程度の距離などどうということはない。しかし、寝不足の上に眠気も取れていないうちからロードワークに引っ張り出されたのでは、さすがのふたりも音をあげたくなる。

「――だいたい、毎日こんな朝早くに起きられるくらいだったら、学校だって遅刻なんかしてなかったっつうの」

「おまえは遅刻以前の問題だろ」

 エレベーターに乗り込み、紅丸は弱々しく笑った。

「――今の大門だったら、エレベーター使わずに階段で上がってこいっていいかねないな」

「冗談に聞こえねえ‥‥」

 そんな軽口を叩きながら戻ってきたふたりを待っていたのは、異国ではなかなかお目にかかれない、純和風の朝食だった。

「‥‥どうしたんだ、これ?」

「ルームサービス――じゃないよな?」

 テーブルの上に並んだ焼き鮭の皿やおひたしの小鉢を見て、京と紅丸は目を丸くした。

「ワシが用意した」

「ええ!?」

「そう驚くこともあるまい。柔道の試合で国外に遠征する時など、かならずしも和食が食えるとはかぎらんからな」

 そういって大門がしめしたのは、巨大な電子ジャーだった。

「遠征にはつねにこれと七輪を持ち歩くようにしている」

「‥‥そういやちょっとこの部屋コゲ臭いな」

「いいのか、ホテルの中で勝手に魚なんか焼いて?」

「‥‥ゴローちゃんて、常識的な大人のように見えて、ときどきこういうどっかズレたことしでかすんだよな」

「まあ、平成の世にゲタ履きがデフォルトのお人だしな」

「何をぶつぶついっておる?さっさと手を洗ってこんか」

 手ずから茶碗にこんもりと炊き立てのごはんを盛りつける大門を見て、紅丸が顔色を変えた。

「そっ、それ俺のか!? 待てよ大門!いくら何でも朝からそんなに食えないぜ? だいたい、俺はいつも朝食はクロワッサンサンドにカフェオレくらいで――」

「そんなことをいっておるからおぬしはいつまでたっても太れんのだ」

「俺はこれがベストウェイトなんだよ!おまえの教え子たちといっしょにするな!」

「それはそれ、これはこれだ。‥‥京、おぬしはもっと野菜を食え」

「あ?いいって、別に。俺この魚だけでいいよ」

「出されたものを残すなど失礼千万!」

「‥‥誰も朝食を用意してくれなんて頼んでねえよ」

「何かいったか、京?」

「いや、別に」

「そうか。‥‥おかわりならいくらでもあるからな」

 そういって、大門は大きなどんぶりで次々にごはんを食べていく。それを目の前で見ているだけで、京も紅丸も満腹になった気分だった。

「――食事がすんだらさっそく稽古だ。ホテルの裏手になかなかよい感じの山があるようだし、まずはそこに登るぞ」

「ちょ、ちょっと待てよ、それはどういう根拠があるんだ?いったい何を鍛えるトレーニングだよ?」

「心身ともに鍛える稽古に決まっておる。‥‥ワシとていまだ修行の身ではあるが、おぬしらのたるみ具合は目にあまるからな。まずはその根性から鍛え直すのだ!そもそもおぬしらは――」

「‥‥‥‥」

 大量の食事を無理矢理胃の中に流し込みながら、京と紅丸はうんざり顔で大門のご高説が終わるのを待ち続けた。


 大門は母校で教鞭を執り、後進たちの指導にも当たっているというが、その厳しさに脱落していく者もいると聞いたことがある。
 大門の稽古の厳しさは、彼がふだんみずからに課している稽古のハードさを思えば想像もつくが、脱落者が出るのにはそれとはまた別の厳しさのせいもあるのだろう。
 たぶん。



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