KOF’XII テリー・ボガード ストーリー




 伝説の狼――テリー・ボガード



 拳で解決できることなんかたかが知れている。

 その事実にテリー・ボガードが気づいたのは、皮肉なことに、テリーが誰よりも強い拳を手に入れようとしていた頃のことだった。
 義父の仇を討つために強い力を欲していた。そのために世界を放浪して自分の拳に磨きをかけてきた。
 だが、強くなればなるほどテリーは、単純な腕力でどうにかできることなど、この世の中にはそう多くはないという真実に近づいていった。



「‥‥伝説の狼なんていわれたって、パンチひとつで石ころをパンに変えられるわけじゃないからな」

 目の前に置かれたホットドッグを見つめ、テリーはうなずいた。

「――何かいいましたか、テリーさん?」

 カウンターを拭いていたボブが、テリーのつぶやきに首をかしげる。

「別に」

 肩をすくめ、テリーはホットドッグにかぶりついた。
 このパオパオカフェ2号店には、多くの格闘家やそのファンたちが、熱い闘いを求めて集まってくる。
 テリーもまたそうした常連のひとりだが、自分で金を出して食事をすることはほとんどない。店長のボブの奢りかツケということにして、ただで食わせてもらうことがほとんどだ。
 そんなことが許されるのは、テリーがこのサウスタウンで一番客を呼べるファイターだからだろう。テリーがいるかいないか、それだけで客足がまったく違うのである。


「よォ!」

 テリーがボブを相手に談笑していると、派手なカラーリングのモヒカン頭の男がやってきた。

「――どうした、テリー?きょうはギャラリーに専念かよ?」

「ダックか」

 テリーを終生のライバルだと一方的に宣言しているダック・キングもまた、この店の常連である。ダンサーと格闘家のふたつの顔を持つダックのファイトスタイルは、つねにギャラリーの目を意識した華やかなもので、ある意味ではテリー以上に人々を魅了できる男だった。

「リチャードが悔しがってたぜ」

 テリーの隣に座ったダックは、陽気なラテンミュージックに負けないよう、テリーの耳もとで大声を張り上げた。

「――テリーがなかなか寄ってくれねェから、1号店の売り上げがガタっと落ちたってよ」

「リチャードのトコにはかなりツケが溜まってるから行きづらいんだよ」

「おや、まるでウチにはツケが溜まっていないようないい方ですね、テリーさん?」

 ボブが揶揄を含んだ笑みをテリーに差し向ける。現にこの2号店でもかなりツケを溜めているテリーは苦笑いを浮かべるしかない。



 拳で解決できることなんかたかが知れている。

 しかし、拳でなければ他人と判り合えない不器用な人間も、世の中には少なからずいる。
 テリーは自分がその典型的なタイプだと考えている。
 現に、かつては一方的にテリーを敵視していたダックとも、幾度も拳を交えた今では親友と呼べる間柄だった。
 サウスタウンに戻ってきて真っ先に知り合ったジョーや、KOFの中で出会ったリチャードやマリー、それにボブ――。
 テリーが拳での闘いを通じて得た知己は数多い。むしろ、闘いとは無関係なところで知り合った人間のほうがはるかに少ないといえるだろう。
 養父の仇を討つために磨いた拳は、強く大きく成長したテリーにとっては、言葉以上に多弁なコミュニケーションの手段でもあった。

 拳で解決できることなんかたかが知れている。

 だが、拳でなければ得られないものも、確実に存在する。
 それがテリーがたどり着いた答えだった。



 大きなピザをぺろりとたいらげたダックは、かたわらでビールをもう1杯注文しようとしていたテリーを制した。

「――おいテリー、まさかマジでギャラリーに徹する気じゃねェよな?下のステージじゃ、伝説の狼の出番はまだかって、みんなさっきからヤキモキしてるんだゼ?」

「伝説はよしてくれよ」

 たとえばテリーの師匠筋のタン老師あたりならば、伝説のなにがしというようなフレーズがついてもおかしくはない。泰然自若として無闇に争うことをせず、その闘いを滅多に見ることのできなくなった老拳士であれば、その強さが伝説として語られるのも判る。
 しかし、テリーは違う。
 テリーは一格闘者としていまだ発展途上にあると自覚している。未熟ではないが、かといってまだ伝説に謳われるほどの存在ではないと思っているし、何より、伝説の――などといわれると、自分がもう引退した人間のように思えてくることが嫌だった。

「俺はまだまだ現役だぜ」

 テリーは酔いを感じさせない足取りでスツールを降り、愛用のキャップを目深にかぶった。

「おっ?ようやくその気になったか」

「では、今夜は私がお相手しましょう」

「ちょいと待ちなよ、店長さん」

 蝶ネクタイをゆるめてカウンターの内側から出てこようとするボブに、ダックが不敵な笑みとともにいった。

「――実はリチャードから、首に縄をつけてでもテリーを1号店に連れてこいって頼まれてんだよ。ここはオレにゆずってもらうぜ」

「何だよ、それ?」

「つまりアレだ、そろそろオマエもツケを精算しなきゃならねえってことだろ。金がなけりゃカラダで返せとさ。‥‥ま、1週間ほどタダばたらきすりゃ許してもらえんじゃねェ?」

「おまえ、友人を売る気か?」

「払うモンを払わねェオマエが悪い!負けたら潔くオレといっしょにリチャードんトコまで来てもらうぜ、テリー?」

 非難がましいテリーの言葉に、ダックは鼻先に指を突きつけるようにして切り返した。

「――ステージもギャラリーも揃ってるんだ、まさかいまさら逃げるなんていわねェよな?」

「誰が逃げるって?」

 養父の形見のグローブをはめ直し、テリーはにやりと笑った。

「‥‥代わりに、もし俺が勝ったら、今夜はおまえのおごりだからな、ダック?」

 テリーとダックが連れ立って下のフロアに姿を現すと、ギャラリーたちの間からひときわ大きな歓声があがった。
 この中の誰ひとりとして、テリー・ボガードの名前を知らない者はいない。それどころか、テリーのファイト見たさに夜ごと集まってくる熱狂的なファンばかりといってもいいだろう。
 身体を軽くほぐしながら、テリーは周囲を見回した。

「‥‥アイドリングは充分、あとは限界までブッ飛ばすだけって感じだな」

「何かいったか、テリー?」

「ギャラリーのノリについていけるか心配だぜ。ビールなんか飲まなきゃよかったな」

「いまさら後悔しても始まらねえ――ゼ!」

 ボブが試合開始のゴングを鳴らすと同時に、ダックがはじかれたように飛び出した。軽やかに床を蹴り、全体重を乗せた膝蹴りでテリーに先制する。

「Lovin' you!」

「くっ‥‥!」

 両手で膝蹴りを受け止めたテリーは、そのままダックの襟首を掴み、背負い投げに切って取った。

「ヘイ!カモン、ダック!勝負は始まったばかりだぜ!」



 伝説の狼だとか、サウスタウンヒーローだとか。
 人が自分をどんなニックネームで呼ぼうと関係ない。

 テリーにとって大切なのは、いささか野蛮なこのコミュニケーションが、自分はとても好きだということだった。



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