KOF’XII アンディ・ボガード ストーリー
全身凶器――Andy Bogard
ダウンタウンを一望できる、イーストサイドパークの小高い丘の上に、その墓地はあった。
富裕層や街の実力者たちは、もっと閑静な、環境のいいところに故人を葬る。この墓地で眠っているのは、やはりここから見下ろせる雑多な世界で生きていたような人々ばかりだった。
だが、父の眠る場所はこここそがふさわしいと、アンディはそう考えている。あの街の弱い人々を守る生き方を選んだ父ならば、やはりここからの眺めを望むだろうから。
大きな夕日が陽炎に揺らめきながら西の彼方に沈んでいく。その茜色の陽射しが、麻のジャケットにジーンズというラフなスタイルで丘を登ってきたアンディの影を、地面に細長く引き伸ばしていた。
自分の影をふと見つめ、その小ささに苦笑しつつ、アンディは亡き父の墓前に花を供えた。
自分はどうやら体格に恵まれていないらしいとアンディが気づいたのは、まだほんの小さな子供の頃のことだった。
ひとつ違いの兄といっしょに遊んでいても、その差はすぐに体力の差となって表れる。ケンカともなれば、絶対に兄には勝てない。
その頃のアンディにとって、小さいとは弱いということだった。
しかし亡き父は、かならずしも身体の小さい者が弱いわけではないということを、アンディに身をもって教えてくれた。ストリートファイトで敵なしといわれた父は、自分よりはるかに大きな相手とも勇敢に戦い、そしてことごとく勝利してきたのである。
身体が小さいのなら小さいなりに、強くなる術はかならずある。
アンディにそういってくれた父は――だが――アンディにストリートファイトの何たるかを本格的に教えてくれる前に、同門の兄弟弟子との戦いに敗れて命を落とした。父の名はジェフ・ボガード、仇の名はギース・ハワード。
父の仇討ちのため、修行のために東洋の島国に渡ったアンディは、そこで自分の資質を最大限に生かせる格闘技、骨法と出会うこととなる。
「――よう、アンディ!」アンディが父の墓前で物思いにふけっていると、懐かしい声が遠くから飛んできた。
振り返れば、長い石段を上がって、陽気な若者が赤いキャップを持った手を振りながらこちらへとやってくる。「相変わらずの風来坊か‥‥兄さんらしいな」
長い金髪をかき上げ、アンディも手を振り返す。
ジェフに拾われ、幼少期をともに育ったテリーとは、かれこれ1年ぶりほどになる。日本に腰を落ち着けているアンディと、世界中を旅して回っているテリーが顔を合わせるのは、父の命日か、さもなければKOFに参加する時くらいしかない。もっとも、このところはアンディがKOFへの出場を見合わせていたせいで、テリーと会う機会もずいぶんと減っていた。「元気そうだな」
「兄さんも」
やってきたテリーと軽く拳を合わせて微笑む。
すると、テリーは急にいぶかしげに眉をひそめた。「‥‥どこか調子でも悪いのか、アンディ?」
「え?別にそんなことはないけど――なぜそんなことを?」
「いやぁ、いつものおまえだったら、再会するなりひと勝負しようっていい出すだろ?」
その言葉に、アンディはふたたび苦笑した。
幼い頃から、アンディは一度としてテリーに勝ったことがない。
子供の頃のケンカなら、それこそ体格差、体力差があったからといってしまえる。しかし、ともに格闘家の道を選んでからの勝負でも、アンディはテリーに勝ったことがなかった。
もはや体格差は関係ない。現にアンディは、自分より倍も重い大男を、持ち前のスピードで翻弄し、一方的に勝つことさえできる。実際にそこまですることはないが、もしその気になれば、素手で人間を殺すことも難しくはない。遠く戦国の世から連綿と伝わる秘拳を修めたアンディは、もはや全身が凶器といっていい存在だった。
だが、そうした自信と実力、それに経験を積み重ねてもなお、アンディはテリーに勝てなかった。
もちろんテリーとて常勝無敗というわけではない。大会に出れば苦杯を喫することもある。そして、アンディが同じ相手を一方的に押し切って勝つということもあった。
だから、アンディの実力が絶対的にテリーとくらべておとっているわけではない。冷静に、客観的にかんがみて、自分とテリーの実力はほぼ互角――と、アンディはそう考えている。
にもかかわらずアンディがテリーに勝てないのは、それはもう、心のありようの問題なのだろう。
是が非でもテリーに勝ちたい、兄を超えたいという気持ちが先走りすぎるせいで、精妙無比であるべきはずの骨法の技が乱れ、それが大きな隙となってテリーに敗北するきっかけとなってしまう。
ただ、頭では判っていても、実際にテリーと相対すると、なかなかうまくいかない。テリーと再会するたびに、何を置いてもまずおたがいの実力を確かめようとするところに、すでにアンディの逸る気持ちが表れている。アンディがここまで強く成長できたのは、ひとつには確かに父の仇討ちという悲願があったからこそだろうが、それとは別に――あるいはいまやそれ以上に大きな理由として――兄テリーを超えたいという、飢餓にも似た思いがあったからといえる。
もうテリーに負けたくない、テリーに勝ちたいという強い願望は、アンディがどれほど修行を積もうと消えることはなかった。それがアンディを強くさせる要因だったことは、彼自身、否定することはできない。
そういう意味では、アンディもまた、餓えた狼のひとりだった。
テリーの指摘で自分の中の思いをあらためて自覚したアンディは、逸る心を抑え、足元に置いてあった大きなバッグを肩にかけた。「いつもいつもそう子供っぽい真似はしていられないよ。いくら兄さんが相手でも――いや、兄さんが相手だからこそ、大事な大会前に手のうちは見せられないからね」
「へえ、ずいぶんともったいつけるじゃないか、アンディ」
目を丸くして口笛を吹いたテリーは、すぐに目を細めて唇を吊り上げた。
「‥‥そいつはつまり、今回はそうとう自信があるってことか?」
「さあ、どうだろうね。――それよりぼくは空港から直接ここへ来たんだ。まだホテルも取ってないんだよ。まずはゆっくり休みたいね」
「俺もホテルなんか取ってないぜ?ゆうべもその前も、パオパオカフェで世話になってる。おまえもそうしろよ」
「世話になってるんじゃなく、溜まってるツケを払う代わりに住み込みでこき使われてるだけなんじゃないのかい?」
「ま、そうともいうけどな」
悪びれることなく笑ったテリーは、トレードマークのキャップをかぶって歩き出した。
「――そんなわけだから、今夜の主役はおまえにゆずってやるよ」
「主役?」
「パオパオカフェだぜ?再会を祝してみんなで乾杯!ってだけですむはずないだろ?」
パオパオカフェといえば、毎晩ステージ上で繰り広げられるエキシビジョンマッチが名物だった。名の通った格闘家から飛び入り参加の酔っ払いまで、とにかくストリートファイトが好きな連中が集まってくる。
そこに、しばらくKOFから遠ざかっていたあのアンディ・ボガードが久しぶりにやってきたと聞けば、挑戦者はあとを絶たないだろう。「――おまえがきょう到着するって聞いて、ダックもボブも待ちかねてるんだ。もちろんダックたちだけじゃない、たぶん、持ち回りで全員の相手をさせられるぜ?」
丘の麓に広がるダウンタウンには、早くもぽつりぽつりと夜の明かりがともり始めていた。
長い石段の途中で立ち止まり、あらためてふるさとの街を眺めながら、アンディは冷ややかな夕風に目を細めた。 「‥‥いわれてみれば、みんなに会うのも本当に久しぶりだな」「おっと、懐かしいからってはめをはずしすぎるなよ?サウスタウンにいる間、おまえから目を離さないでくれって舞に頼まれてるんだからな」
アンディの肩を叩いて意味ありげにウインクするテリー。
「‥‥舞は余計な気を回しすぎなんだよ」
そうぼやきながら、アンディは自分の肩に置かれたテリーの手の大きさに、軽く身体が震えるのを感じた。今のテリーの力を知りたいという気持ちが、鍛え抜かれたアンディの身体に武者震いを走らせているのである。
KOFやテリーとの戦いから離れていた間、アンディはいつにも増して修行に打ち込んできた。肉体面と同時に精神面を鍛え直し、自分が以前よりも強くなったという確かな実感も手にした。
だが、それでもこうしてアンディの心は逸る。
その気持ちをクールダウンさせるかのように、アンディは静かに深呼吸しながらかぶりを振った。「兄さん、荷物を頼むよ」
「荷物?」
「長いフライトで身体が凝ってるんだ。ウォーミングアップを兼ねて、ここから2号店まで軽く走り込んでみようと思ってね」
アンディは上着を脱いでバッグといっしょにテリーに押しつけると、ほとんど転げ落ちるような速さで石段を駆け降り始めた。 「あ!おい、ちょっと待てよ、アンディ!」
後ろからテリーの声が追いかけてきたが、走り出したアンディはもう止まらない。もうすぐ、おのれの中に押し込め続けてきた獰猛な狼を解き放つことができるという歓喜が、アンディの肉体をいつも以上に躍動させていた。
一度だけ、肩越しに丘の上を振り返る。
雄々しく生きろ、我が息子たちよ――。風にまぎれて、亡き父の声が聞こえたような気がした。