KOF’XII ラルフ ストーリー
戦場のタフガイ――Ralf Jones
夜の密林を、激しい炎が赤く照らしている。
数百メートルほど離れたところからそれを見つめていたラルフは、自分の身体が何の支障もなく動くのを確認し、ゆっくりと身を起こした。「ご無事ですか、大佐?」
中途半端に開いていたパラシュートパックをはずしていると、すぐ近くで、押し殺したような戦友の声が聞こえた。
「ああ、問題ねぇ。そっちはどうだ、クラーク?」
「あちこち傷だらけにはなりましたがね」
「おたがい悪運だけには恵まれてるらしいな」
幾多の修羅場をともにくぐり抜けてきた戦友と合流したラルフは、頭上を振りあおいで苦笑した。
「それにしても‥‥いくら低空飛行をしてたとはいえ、不意討ちの一発で落とされるとは思わなかったぜ。脱出できたのは俺とおまえだけか」
「ほかの連中は、残念ながら全滅したと考えたほうがよさそうですね」
「ああ‥‥」
ラルフとクラークが率いる特殊部隊は、麻薬の密売を資金源とするテロリストグループの本拠地を急襲すべく、コロンビアの密林地帯をヘリで移動中だった。そこに、地上からいきなり対空ミサイルの洗礼を受けたのである。
「待ち伏せ‥‥ですかね」
髪に手櫛を通してキャップをかぶり直し、クラークが呟く。
「そうだな。あんまり考えたかァねえが、こっちの作戦がどっかからもれてたとしか思えねえ。‥‥こりゃあケシ農園のほうへ向かったレオナたちも苦戦してるかもしれねえな」
「だとしたら援軍は期待できませんね。それどころか、すぐにでも墜落現場に敵が確認のためにやってきますよ」
「ちょうどいいじゃねぇか。先制パンチのお返しをしてやろうぜ」
肉厚の革手袋をはめた拳を握り締め、ラルフは不敵に笑った。
この密林は、いわば敵のホームグラウンドである。
しかし、ラルフとクラークにとって、それはさしたる問題とはならなかった。精密な衛星写真によって、事前に該当地域の詳細な情報を入手してあったこともあるが、それ以上に、ラルフたち個人の資質がものをいった。
もっと単純に表現するなら――彼らの言葉を借りれば――場数が違う、ということになるのだろう。
ヘリから脱出する際に持ち出せた武器は、アサルトライフルとガバメントが1丁ずつ、あとはアーミーナイフくらいのものだったが、たとえ丸腰だったとしても、ラルフたちはさして慌てたりしなかったに違いない。
なぜなら、彼らはもっと劣悪な条件下の戦場を、文字通りの徒手空拳でくぐり抜けてきたことさえあるのだから。
侵入者を捜索するため、敵は2、3人ずつに分かれているようだった。全部でどれほどの数の敵がこの密林の中を徘徊しているのかは不明だが、とりあえずラルフたちにとっては、少人数に分散して行動してくれているほうが都合がいい。「各個撃破は戦術の基本、てね‥‥」
その体格を思わせない身軽さで、背の高い木の樹上に身をひそめていたラルフは、ナイフを口にくわえてほくそ笑んだ。
ラルフの真下を、3人の男がわさわさと木々の枝葉を揺らしながら歩いていく。細いライトの光をあたりに投げかけ、周囲を警戒している様子だったが、自分たちの真上にいるラルフの存在には気づいていない。
3人をそのままやりすごしたラルフは、音もなく木の上から飛び降り、最後尾にいた男の背後に着地した。「?」
下生えを踏むわずかな音に気づき、男が振り返ろうとした時には、すでにその首は、ラルフの太い腕によって妙な角度にねじ曲げられていた。
時を置かず、ラルフは次の男に背後から襲いかかり、その口を押さえ込むと同時に首筋へとナイフを走らせた。「ぐぶ――」
くぐもった断末魔の呻きが、鮮血が噴き上がる音にかき消される。
「どうした!?」
さすがに3人目の男は、ラルフが次の行動を起こすより先に仲間たちの異変に気づいた。
が、何もできないということでは、これまでのふたりと同じだった。「ご近所迷惑だ。夜は静かにしなよ」
軽口を叩きながら、ラルフは一気に男との間合いを詰めた。相手がトリガーを引くより早く、その銃身を掴んで空に向けさせ、血と脂にまみれたナイフを心臓のあたりに突き込む。
「がぁ‥‥っ」
夜空に向かって3秒ほど無駄弾を撃ってから、男はその場に崩れ落ちた。
「さて、と‥‥」
動かなくなった男たちから使えそうな武器を剥ぎ取ったラルフは、ワイヤーと手榴弾で即席のトラップを仕掛け、急いでその場から離れた。
今の銃声を聞きつけて、ほかの連中がじきにやってくるだろう。うまくトラップに引っかかって盛大な花火を上げてくれれば、ラルフもより動きやすくなる。「クラークのヤツに先を越されると、あとあとまで偉そうにされるからな」
別行動を取っている戦友の無事を祈りながら、ラルフは密林の中を駆け抜けた。
その背後で、手榴弾の派手な爆発音がとどろいた。
その集落は、上空から発見されるのを警戒しているのか、まるで密林の緑に溶け込むかのように、ひっそりとしたたたずまいを見せていた。陽光が降りそそぐ下でこの光景を見た者は、あるいはここが、近代化に取り残されたひなびた集落なのだと錯覚するかもしれない。
しかし、ここはそうしたおだやかさとは無縁の、剣呑な男たちが隠れ住む深緑の砦だった。自家発電装置によるささやかな明かりと篝火の炎のそばに立つのは、黒光りするライフルやマシンガンで武装した麻薬密売組織のメンバーたちであり、同時にこの国に巣食うテロリストたちでもあった。「……さほど数は残ってなさそうだな」
ラルフは地面にぺたりと身を伏せ、先ほどから真夜中の集落の様子を窺っていた。
諜報部の調査では、ここには常時100人ほどのメンバーが寝起きしているという話だったが、見張りに立っている男たちの数からすると、少なくとも今はその半分もいないようだった。おそらくラルフたちを捜すために、大半のメンバーがここを離れて密林の中に散開しているのだろう。耳を澄ませば、今もどこか遠くで断続的に激しい銃声や炸裂音が聞こえてくる。そのすべてがクラークひとりと戦っているとは考えにくいから、この闇の中で疑心暗鬼に捕われ、味方同士で銃撃戦をしている連中がいるのかもしれない。「‥‥ま、せいぜい派手にやってくれ」
ジャングル特有の蒸し暑い夜気をゆるやかにかき混ぜ、ラルフはすぐそばにあった小屋に取りついた。大きく深呼吸し、小屋の陰から身を乗り出してライフルを構える。まず狙うべきは、各所に設置された照明と篝火、それに見張り役の男たちだった。
「‥‥苦手なんだよな、俺」
慎重に狙いをつけながら、ラルフがそんな場違いなぼやきをもらした時、今まさにラルフが狙撃しようとしていた男の頭部が、その背後のサーチライトとともにはじけ飛んだ。
「! クラークか!」
密林内の暗夜戦をくぐり抜けてここまでたどり着いた戦友が、どこからか敵を狙撃し始めたのだと察したラルフは、無造作にライフルを投げ捨てて走り出した。
次々にライトが破壊され、篝火が崩れ落ち、明るく照らし出されていた広場が闇に染め上げられていく。と同時に、あたりに男たちの怒号や悲鳴、銃声が飛び交い始めた。
全身を筋肉の鎧に覆われてはいたが、ラルフは決して鈍重な男ではない。地に落ちた影と銃声にまぎれて一気に広場を突っ切ると、ラルフは正面にあった一番大きな建物へと踊り込んだ。「!?」
野戦司令室を思わせる大きな部屋の中には、迷彩服を着込んだ数人の男たちがいた。そのうちの何人かは、ラルフも写真でその顔を見た覚えがある。一番奥――椅子から腰を浮かせかけている小太りの男が、ラルフたちのメインのターゲットでもあるテロ組織のボスだった。
「観念しやがれ、てめェら!」
目の前のテーブルを蹴り上げ、それを遮蔽物にして敵の銃撃をかわしながら、ラルフはスライドカバーが戻らなくなるまでガバメントを撃ちまくった。残弾数のことは考えない。たとえ弾切れになったとしても、ラルフにはそのへんの拳銃などよりよほど頼れる“弾”がある。
すぐに弾倉が空になったガバメントを放り捨て、ラルフは拳を握り締めた。「政府に飼われた犬が――!」
顔に焦りの色を浮かべたボスが、ラルフに向かって立て続けに引鉄を引いた。だが、ラルフの動きは止まらない。剥き出しの肩や頬を弾丸がかすめたが、痛みはまったく感じなかった。
「ブッ飛べオラァ!」
「ぐお‥‥っ!」
ラルフの渾身の一撃を顔面に食らった男は、砕けた歯と鮮血をまき散らして壁まで吹っ飛び、壁まで吹き飛んで動かなくなった。手応えからすると、顎だけでなく頸骨まで砕けたかもしれない。
「やれやれ‥‥」
ぷらぷらと手を揺らし、ラルフは嘆息した。
その直後、ラルフの背後で銃声がとどろいた。「!」
転がっていた銃を取って反射的に振り返ったラルフは、ライフルを手にしたまま崩れ落ちる男と、その向こうでサングラスを押し上げている戦友を見た。
「気を抜きすぎですよ、大佐」
「おまえの活躍の場を残しといてやったんだよ」
「そいつはどうも――っと!」
首をすくめ、クラークは振り返りざまにライフルを乱射した。
「大佐!まだ後始末が残ってますよ!」
「判ってらぁ!」
両手にアサルトライフルを1丁ずつかかえ、ラルフは激しい銃撃戦の只中へと飛び出した。
大佐などと呼ばれるような立場になっても、つまるところラルフ・ジョーンズは、こういう危険で泥臭い戦場こそが似合う男なのだった。