KOF’XII クラーク ストーリー
タフ&クール――Clark Still
ラルフ・ジョーンズが、先ほどから姿見を前に何やらやっている。
けさの新聞に目を通しながら、クラーク・スティルはサングラス越しに戦友の後姿をちらちら見ていた。
いつもは無造作にバンダナでつつんでいるだけの黒髪を、きょうはポマードでぴっちりと撫でつけながら、ラルフは鼻歌を歌っている。かなりご機嫌な様子だった。
新聞のページをめくり、クラークはいった。「――大佐、着替えならご自分の部屋でやってくれませんか?」
「細かいこというなよ」
髪に櫛を通し、さまざまな角度からそれを確かめていたラルフは、鏡越しにクラークを見やって唇を吊り上げた。
「――それともアレか?オレばっかり目立つ役どころなもんだからって、ひがんでんのか、クラーク?」
「いえいえ、適材適所だと思いますよ。俺はどちらかといえば、人に注目されるだけで緊張するタイプですしね」
クラークは新聞をたたみ、冷めたコーヒーをすすった。
目の前のホワイトボードに、コロンビア政府の要人と並んで満面の笑みを浮かべているラルフの写真が貼られている。1週間ほど前にコロンビアの新聞に掲載された記事の切り抜きだった。
前回の作戦の直後、麻薬組織壊滅に多大な功績を挙げた英雄として、ラルフはコロンビア政府から勲章を授与された。スペイン語で書かれた記事はその時のものである。
ちなみに、クラークにも同じ勲章を授与するとの打診があったが、クラークはそれを辞退した。人々から注目される華々しい舞台が苦手だというのは事実だったし、それ以上に、いろいろと思うところがあって、マスコミ相手に笑顔を振りまく役はラルフひとりに任せたのだった。「――おい、こんなモンでどうだ?」
カマーベルトを巻いた腹のあたりをぽんと叩き、ラルフが振り返った。
「ま、いいんじゃないですか?」
いつも迷彩服やカーゴパンツ、さもなければ完全武装のボディアーマーを着込んで戦場におもむくことの多いラルフだが、胸板が厚く、上背もあるため、こうしてタキシードを着てもさまになる。
これで口さえ閉じていればもう少し女性にもてるだろうに――とは、さすがにクラークも口にはしなかったが。「あいにくと俺は同行できませんが、くれぐれも本来の目的を忘れないでくださいよ、大佐?」
「判ってるって。相変わらず心配性だな、おまえは」
「誰のせいだと思ってるんだか‥‥」
豪放磊落なラルフに対し、クラークはつねに冷静沈着、どんな時でも明哲な思考をはたらかせることができる。そんなクラークがラルフと組めば、どうやってもラルフのフォロー役に回らざるをえないのは自明の理だった。誰も好き好んで心配性になったわけではなく、ラルフの相棒でいるうちに、自然とそうなってしまっただけなのである。
「‥‥大佐」
その時、ブリーフィングルームにレオナとウィップが入ってきた。ウィップはいつもと同じ恰好だったが、レオナはスーツにベレー帽の礼服姿である。
「お迎えにあがりました」
「ご苦労、レオナくん!」
折り目正しく一礼するレオナの肩を気安げに叩き、ラルフは豪快に笑った。
「レオナ、おまえも知っての通り、大佐は動くニトログリセリンみたいなもんだからな。運搬には充分気をつけてくれ」
「了解」
クラークのジョークに生真面目に応え、レオナは回れ右をした。
「――そんじゃまあ、我らがコマンダーにご挨拶してから行ってくらぁ。クラークにムチ子、あとは頼んだぜ」
「‥‥‥‥」
ムチ子と呼ばれたウィップは、聞こえなかったふりをしてラルフの言葉を黙殺し、新聞を手に取っている。
クラークは苦笑混じりにラルフを見送ると、大きな溜息をひとつついた。「コロンビア大使主催の晩餐会ですか」
記事を読みながら、ウィップがクラークにいうでもなくぽつりと呟いた。
ラルフがらしくもなくドレスアップして出かけていったのは、この国に駐在するコロンビア大使が、作戦成功の立役者であるラルフを晩餐会に招待してくれたからである。「フォーマルなパーティーに出席するなら、大佐よりも中尉のほうが適任だと思いますが」
「だからいったろう?俺はそういう場は苦手なんだ」
「ですが――」
「それにな、ウィップ。俺たちの任務はパーティー会場で各国の高官やマスコミを前に愛想笑いを浮かべることじゃない。俺たちにはもっと重要な任務がある。‥‥判るな?」
「はい」
「ならこちらも行動開始だ。行くぞ」
サングラスをかけ直し、クラークは愛用のキャップを掴んで立ち上がった。
「全長798メートル、水面からの高さ52メートル――この橋の上で前後をはさまれたら逃げ道はないな」「中尉」
小型モニターを凝視していたクラークに、ウィップにそっとささやいた。
「動き出したか?」
「はい。大佐たちのリムジンの前を走っていたバンが、橋の中ほどまで来て急激にスピードを落とし始めました。逆に、後ろから来たハマーはスピードを上げています。ほかにも数台、乗り合わせている人数も内偵通りです」
「OK、全員舞台に上がったな。‥‥作戦開始だ」
クラークはアサルトライフルとボディアーマーで武装した部下たちに号令を下し、みずから先に立って点検用のハシゴに手をかけた。
クラークたちが待機していたのは、上下二層構造になっている橋の、歩行者専用の下層部分である。自動車専用の上層部へとクラークたちが移動してきたのは、ちょうど1発目の銃声が鳴り響いた時だった。
支柱内部の配電室から飛び出したクラークの前方、ほんの10メートルほど離れたところに、数台のクルマが停まっていた。ラルフとレオナが乗っているはずのリムジンと、それを前後からはさむようにして、真っ黒な大型のバンとごついハマーが1台。そのほかにも何台かの大型車が停まっていたが、いずれもリムジンを囲むようにして幅の広い片側3車線の道路をふさいでいる。
そして、それらのクルマから降りてきた男たちが、リムジンに向かってマシンガンを乱射していた。「降伏勧告後も反抗する者がいれば射殺も許可する!ひとりも逃がすな!」
そう指示しながら、クラークはライフルを引鉄に指をかけた。
負傷して捕らえられた者、降伏した者、射殺された者――。
結末はどうあれ、一方の役者たちが退場していく。
バレルから熱の引いたライフルを肩にかけ、クラークとウィップはハマーのボンネットに腰かけたラルフのもとへと歩み寄った。「ご無事ですか、大佐」
「これ見りゃ判ンだろ?」
苦笑混じりに答えたラルフは、出がけの洒落のめした恰好はどこへやら、髪は大きく乱れ、着ていたタキシードもあちこち焦げたりすりきれたり、まるで戦場を駆け抜けてきた直後のようなありさまだった。その隣に無言で立っていたレオナも、目も当てられない姿という意味では似たようなものである。
炎を消し止められ、今は黒い煙を上げるだけとなったリムジンを指差し、ラルフは唇をゆがめた。「――サブマシンガンのタマなら貫通しねえとかいってたのはドコのダレだ?あやうく鉄の棺桶の中で生きたまま火葬にされるところだったじゃねえか。あのリムジンを調達してきたヤツをここへ呼んでこい」
「その前に脱出できたんだからいいじゃありませんか」
「そうですよ。――それに、今のほうが大佐らしくて男前ですし」
「白々しいこといってんじゃねェぞ、ムチ子」
ぎろりとウィップをひと睨みしたラルフは、ベイエリアの彼方でまたたく夜景に視線を転じ、溜息をついた。
「‥‥今頃、教官どのはうまい酒でも飲んでんだろうなぁ」
「ぼやかないでくださいよ。これも任務です」
コロンビアでの作戦によって、麻薬密売組織の拠点を潰し、そのリーダーを暗殺することには成功したものの、組織の生き残りが少なからずいると想定したハイデルンは、その残党をおびき出すために一計を案じた。すなわち、今回の作戦の立役者としてラルフを表舞台に立たせ、組織の残党が報復と示威行動のためにラルフを襲撃するように仕向けたのである。
コロンビアでのこれ見よがしな新聞記事は彼らの復讐心をあおるためのものでしかなかった。ラルフが晩餐会の主賓だという情報も、いわば彼らを釣るためのフェイクであり、本当の主賓であるハイデルンは、作戦の成功を聞き届けたのち、今頃は会場入りして大使と歓談していることだろう。「やれやれ‥‥とんだ客寄せパンダだったぜ」
かたわらのレオナの肩にぼろぼろのタキシードをかけてやったラルフは、いきおいよくハマーの上から飛び降りた。
「――おいクラーク、一杯つき合え!」
「残念ながら、報告書の作成が――」
そんな理由でこの上官のお誘いを断れないということは、クラークも重々承知している。クラークは肩をすくめてウィップを振り返り、ライフルを手渡した。
「‥‥すまん、そっちのほうはうまくやってくれ」
「了解。――中尉もたいへんですね」
「大佐のお酒につき合うくらいなら、書類作りのほうがまだましだわ‥‥」
ウィップとレオナに口々に同情され、クラークは苦笑いしか返せなかった。
クラークにとってのラルフは、ほかに得がたい最高の戦友である。どんな過酷な戦場でも、自分以上に信頼して背中を預けられる相手というのはなかなかいないものだが、クラークとラルフは、おたがいがそうした稀有の存在だということを認め合っている。
ただし、それがなかなかほかの人間には――特に、いまだに潔癖なところを失っていない少女傭兵には――理解してもらえないのである。