KOF’XI K’チームストーリー



 山のあなたの空遠く

 「幸」住むと人のいふ。

 唸、われひとゝ尋めゆきて

 涙さしぐみ、かへりきぬ。


 巨大な総合病院の駐車場に面した狭い公園に、小さな女の子がひとりで遊んでいた。

 「ダイアナ、あの子ね」

 クーラは傍らにいる背の高い女性に向かって話した。
 いつも決まった時間に決まった時間だけ遊んでいる女の子。
 色白で線が細く、遊ぶといってもブランコに儚げに腰をおろしているだけのことである。

 「トモダチになりたい? クーラ」
 「……うん」

 明日、あの子に声をかけてみよう。
 あんなに寂しそうにしているんだもん。
 私より3つくらい年下なのかな。
 いつも病院から出てくるけど、どこか悪いのかな。
 そうだ、そのうちキャンディーにも会わせてあげよう。
 きっとキャンディーともトモダチになれると思うよ。

 次の日、時間になっても公園に女の子はやってこなかった。
 クーラは、ひとりでブランコに腰掛けて、小さくそれを漕いだ。
 ビルに切り取られた四角い空が見える。
 高い高い空に、一筋の飛行機雲が浮かんでいた。
 空に描かれた白い軌跡は、ゆっくりと時間をかけて消えていった。

 「昨日、亡くなったそうだよ、クーラ」
 「うん……。そうじゃないかと思ったんだ」

 ダイアナがブランコの支柱に背中を預けて立っていた。

 「何度も手術したけどだめだったらしい。延命治療もできたけど、本人が拒否したって」
 「エンメイチリョウ?」
 「いろんな機械を体につけて、心臓や何かを動かすことさ」

 「……あの子は生きていたくなかったのかな」
 「そんなことはないさ」

 でも私だったら、どんなことをしても生きていたいと思う、と、クーラは言った。
 この体だって普通じゃない。キャンディーみたいになってもいい。
 生きていられるなら。それとも……。

 「それとも、私はあの子と何か違うのかな」

 真っ直ぐな瞳に見据えられて、ダイアナは二の句が告げなかった。

 「ねえダイアナ。私はあの子と、何が違うのかな」



 「お前たちの記憶を返してやろう」

 確かにアイツはそう言った。
 だが、戻ってきたはずの記憶は、あいまいなイメージやその断片ばかりだった。
 そのどこまでが植え付けられた記憶で、どこまでが本来の自分のものなのか。
 どうして自分は闘い続けるのか。
 初めて訪れたはずの小さな街を、K’はどこかで見たことがあるような気がした。
 しばらくそこを歩いてみると、さまざまな記憶が蘇る。
 だがそれはアイツが返すと言ったずっと昔の記憶ではなく、
 過去の記憶のない自分自身が、その自分の上に積み重ねていった記憶であった。
 ネスツ、KOF、マキシマ、クーラ、草薙 京、アッシュ・クリムゾン、ムカイ……。
 もし、本当の過去の記憶が戻るとしたら、これまでのその記憶は、いったいどうなってしまうのだ?

 「……チッ、らしくねぇ」

 こういうことで悩むのは、マキシマあたりに任せておけばいい。
 今の俺は、アッシュや草薙 京やムカイといった連中を相手に、それぞれ借りを返していけばいい。

 見知らぬ街で空を見上げると、飛行機雲が一筋。
 いつか、この雲を見たことがある。そんな気がした。

 (この記憶は、どっちの記憶なんだ?)



 自室のベランダに出てみると、ちょうど空の色がオレンジから群青に変わりつつある時だった。
 久々にタバコが吸いたくなって胸のポケットを探ったが、もう何年も前に
 タバコを吸わなくなっていたことを、マキシマはようやく思い出した。

 ベランダから見下ろすと、K’の姿が見える。
 一日中ぶらぶらしていたようだが、今お帰りになったということらしい。

 マキシマはその相棒について考えてみた。
 草薙 京の力を移植されたK’。
 超自然体、オロチ。その力を付け狙うムカイたち。
 もし、人が人としての運命を変えることができるとしたら。
 大いなる自然の摂理に反し、己のためだけに生き延びていこうとするなら。
 本来ありえない「二つ目の草薙の炎」こそが……

 「珍しいじゃねぇかマキシマ。何かあったのか?」

 外から帰ってきたK’がベランダで空を見てたたずんでいるマキシマを見つけた。

 「いや、大したことじゃない」

 マキシマは頭を掻いた。

 「『山のあなたになほ遠く、「幸」住むと人のいふ』……か」
 「……なんなんだそりゃ」
 「幸福ってのは、飛行機雲より遠くにあるってことさ」



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