KOF'XV EXTRA STORY シュンエイ




 - シュンエイ EX -

前後左右も分からなくなるような闇の中にシュンエイは放り出されていた。
 「ここは...何だ? どこだ?」
 シュンエイの声は闇の中に吸い込まれ、響く前に消えていく。空間を探ろうと腕を伸ばせば、水の中に浮かんでいるかのようにあらぬ方向へ身体が漂うばかりだ。
 黒、黒、黒ー光は一遍も差さないくせに、自身の身体だけははっきり見える。だが、それ以外のものは何も見えない。分からない。
 「明天? じいさん?」
 口から声を出そうと、返答はない。耳が痛くなりそうな静寂の中で、孤独と恐怖が加速していく。焦ってもがいても身体がふわふわと回転する感覚しか無い。
 息が乱れ、心臓が早鐘のように鳴る。シュンエイの中の孤独と恐怖が限界を迎え、感情が迸るままに絶叫しようと口を開きかけたその時だった。
 ピシッ。
 闇の中に音が鳴った。気づけば、シュンエイの目の前に“亀裂”が現れていた。
 亀裂はミシミシと音を立てながら、闇の上を広がっていく。さながら蜘蛛の巣のように走る白い亀裂に目を奪われていると、中心がパキンと崩れ落ちた。
 「...?」
 ひとかけらを皮切りに、亀裂の中央がパキンパキンと崩れ落ちていく。
 その奥から顔を覗かせたのは、無数の光が瞬く世界。そこはまるで銀河のようでありながら、この世の理から外れた異質さを感じる空間だった。  
キラキラと輝く向こう側の世界。その光景に、シュンエイはなぜか懐かしさを感じた。その光景に思わず手を伸ばすと、不意に耳鳴りが彼を襲った。キイキイミシミシと響く耳鳴りにシュンエイは顔をしかめるが、しばらくするとそれが“声”であることに気付く。何と言っているのか聞き分けようとシュンエイはその音に集中し、確かにそのメッセージを受け取った。
 「ースベテヲ、ハカイセヨ」
 “声”の意図を理解した瞬間、シュンエイの全身に悪寒が走った。胸の内、シュンエイの深い場所で強い力がうねるのを感じた。孤独、恐怖、絶望、悲しみ、怒りー感極まった時に突き動かす感情さながらの、恐ろしい衝動だった。  「や...やめろ...!」
 耳を塞ごうと上げた手が空を切る。
 「オマエハ、ハカイノチカラ。イカレ。カナシメ。オソレロ。キョウフセヨ。スベテヲ、ハカイセヨ」
 亀裂の向こう側に何かが見える。球状のようにも、箱状のようにも、人型のようにも見える何かが。
 「うるさい、黙れ...!」
 「ハカイセヨ」
 「が、あ...ァ...!」
 “声”がガンガンと脳内を揺さぶる。胸の内で衝動が暴れる。どれだけもがこうとも、この空間において彼は孤独だった。その事実がさらに恐怖を煽り、怯えて小さくなった心は衝動に覆いつくされる。
 苦痛にシュンエイが呑み込まれようとしたその刹那、亀裂の内側が輝いた。そして、赤と青の巨大な“手”が現れ、シュンエイの身体を大きく突き飛ばすー
 「――はっ! はぁ...はぁ...」
 シュンエイが目を見開けば、見慣れた天井が視界に飛び込む。荒い呼吸を落ちつけながら身を起こすと、心配そうな顔をした明天君と目が合った。
 「シュンちゃん...大丈夫? 昨日よりもひどいうなされかただったよ」
 不安そうに枕を抱きしめる明天君の言葉を聞き、シュンエイはぼんやりと手元を見下ろした。

 物心ついた時には既に、シュンエイはこの悪夢を見るようになっていた。
 最初は暗闇の中を永遠に漂うだけの夢だった。ただそれだけ、と言えば聞こえはいいが、そこで感じる恐怖や孤独感は幼いシュンエイの心をひどく揺さぶった。悪夢で感じた不安を現実にまで引きずれば、力は暴走しシュンエイの手には負えなくなる。そんなシュンエイに「自身の力を抑え込むイメージをしやすいように」とヘッドフォンや包帯を与えてくれたのは恩師タン・フー・ルーだった。
 しかし、ある時から悪夢の内容が変化するようになった。闇の中に亀裂が入ったのだ。亀裂は日を追うごとに広がっていったが、タンの教えやイメージによる感情コントロールの成果、そして何よりシュンエイ自身が成長したのもあってか日常に支障をきたすようなことはなかった。
 少なくも、ここまで夜中にうなされるようなことも。
 明天君曰く、シュンエイがうなされるようになったのはつい最近ー前回の大会で謎の化け物と対面した翌日かららしい。
 シュンエイが夢の光景で覚えているのは亀裂が広がり切ったところまでだ。その先の出来事は目覚めると全て忘れてしまう。そのため、悪夢の内容が具体的にどういうものなのか、あの怪物と関わりがあるのかさえ明天君やタン・フー・ルーに説明することができない。
 確実に言えるのは、ひどい苦痛を感じること。どうやっても同じ夢を繰り返し見てしまうことだけだ。
 「KOFに出て、少しは成長できたつもりだったけど...この調子じゃあな...」
 朝の鍛錬を終え、山道の中腹に設けられた水飲み場で顔を洗いながらシュンエイがそう呟くと、明天君は首をふるふると横に振った。
 「弱気になっちゃだめだよ〜、シュンちゃん。それに、もしシュンちゃんが昔みたいに暴走しちゃっても、僕と先生で...ううん、僕たちだけじゃなくて、テリーさんやアンディさん、京さんもいるし〜...」
 そう言いながら明天君は指を折り畳み、途中で数えるのをやめて大きく腕を広げる。
 「みんなで何とかするから、安心して!」
 シュンエイはしばらく親友の顔を見つめ、ふっと気の抜けたように笑う。
 「そりゃそうか。ありがとな、明天」
 「えへへ〜。楽しみだね」
 拳をこつんとぶつけ合い、二人の少年は再び階段を上り始めた。薄雲が周囲の山々にかかり、朝焼けが反射して淡い桃色に色づいていく。
 「まあ、暴走する気なんてさらさらねぇけどさ」
 「わかってるよ〜。そのためにいっぱい修行したもんね、シュンちゃん」
 涼やかな山の空気の中を明るい少年たちの声がこだました。



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