KOF'XV アッシュチーム ストーリー




 - アッシュチーム プロローグ -

――思えば、その手を取ったことが全ての始まりだった。
 物心ついた時には親もなく、厳しい砂漠の街で誰の手も借りず生きてきた。影の中で息を殺し、考えることは明日へ命を繋げることだけ。誰の視界にも留まらず、ただひっそりと息をしていた。
 そんな幼少のククリにとって、彼女は人生で初めて己と目が合った存在であり、“運命”そのものだった。
 「これからは私の元で学びなさい。さあ、おいで」
 差し出された手を握り返したその時から、ククリは彼女の“弟子”になった。

 ククリの師はアフリカの砂漠の奥地に住まう隠者だった。人々が忘却した伝承の唯一の語り部であり、大地の精霊の言葉に耳を傾け、時に人々に助言を行うシャーマンとしての役割を担っている。彼女の弟子としての生活は贅沢とは程遠いものの、命の危険も明日の食事も心配しなくてよいような穏やかなものだった。
 ただ、師の眠くなるような授業だけは苦手だった。分岐点で無数に枝分かれする可能性の宇宙、枝分かれした宇宙を巡り均衡を保つ“魂の坩堝”、破壊と創造を司る“母神”ーククリにしてみれば伝承の内容はどれも眉唾物でしかなく、それを熱心に語る師の様子に辟易していた。瞑想の時間にしても、師が語る“大地の声”など聞こえた試しがなかった。
 しまいに「こんなのに何の意味があるんだ」と文句を言えば、彼女は決まって穏やかに笑いながら同じ言葉を繰り返す。
 「貴方もいつか運命を紐解くことができるわ」
 そんな生活が終わりを迎えたのは、ククリが弟子入りして七年も過ぎ、すっかり背丈も伸びた頃だった。
 内側から何かが突き破ってくるような衝動に襲われた直後、ククリは砂の力を発現した。発現しただけならばどれだけ良かっただろうか。砂嵐を巻き起こし、見境なく周囲から潤いを奪っていくその力は彼の意思に反して暴走を続けた。運悪く街へ出かけていた師が戻ってきたときには力の暴走も取り返しがつかない状態になっており、ククリは無我夢中で彼女に助けを求めた。
 師は決意の籠った目で砂嵐の中に飛び込み、己の弟子を救ったーその命と引き換えに。
 その時の記憶は曖昧で、ククリに思い出せるのは自己満足に塗れた実に胸糞悪い彼女の安らかな笑み、一昼夜かけて掘った墓穴の空洞だけだった。
 しかるべき手順で師の亡骸を埋葬し終えた夜、ククリの脳裏にふといつかの授業で聞いた言葉が鮮明に甦った。
 「“魂の坩堝”はあらゆる宇宙に繋がっており、多元宇宙からあらゆる可能性を収束しているというわ。しかし、それらは幻影としてしか感知できず、限られた才能の持ち主しか干渉はできない。私はこの才能を持つ者を“アンプスペクター”と呼んでいるわ。本来“魂の坩堝”や幻影はこちら側に現れることはないけれど、時空の歪み、アンプスペクターとの共鳴...そういったものを呼び水にして、こちら側へ姿を現すことがある」
 弾かれるように家の書庫へと駆け込み、記憶を頼りにククリは必死で文献を探した。
 机の上に巻物が幾重にも重なる。積み上げられた石板の重みに机の脚が軋もうが、ククリは無視して次々と文献を取り出しては机の上に放り投げた。
 「肝に銘じておきなさい。もし“魂の坩堝”がこの世に現れたら、悪しき者を近づけてはいけない。その力はあまりにも危険なの...理論上、死者を甦らせることさえできる」
 彼は乱暴に広げた書の一節を目にしてぴたりとその手を止める。
 そこに記されている一文を食い入るように見つめ、ククリはゆっくりと師の言葉を反芻した。
 「理論上...死者を甦らせることさえできる...」
 皮肉なことに、今まで露ほども信じていなかった師匠の言葉だけが、ククリに残された可能性だったのだ。
 それからは一秒のロスも許さず、目的のためにただひた走った。必要な情報を必死でかき集め、ようやく辿り着いたその終着点こそアントノフが取り仕切るTHE KING OF FIGHTERS...のはず、だった。
 ククリが見つけたのは、“魂の坩堝”から復活したアッシュ・クリムゾンのみ。そこに居るはずの師の姿は無かった。

 南仏のとある街中、大通りへ面したオープンテラス。
 そこには身振り手振りを交えて早口でまくし立てる男がいた。
 「今日に至るまでの血が滲むような努力も虚しく、残されたのは二束三文にもならない文献の山とアッシュ・クリムゾンのみ。幼かった俺に道を示しその命を賭して守ってくれた優しい師匠は予測落下地点のどこにも居らず、かくして俺は孤独に取り残されたのであった...と」
 彼のフードを目深に被ったそのいかにも怪しげな風貌、そしてお世辞にも品があるとは言えない言葉遣いは華やかで上品な店の雰囲気にはあまりにもそぐわない。穏やかな午後のBGMとして耳に流れ込んでくる物語に耐えきれなくなった隣席の客は一人、また一人と店内の席へと引っ込んでいった。
 そうして物語が終わった頃、テラスに残っているのは彼の向かいに座る少年と、その隣で眉を顰めながらも辛抱強く耳を傾けている上流階級の女性のたった二人だけとなってしまっていて、そんな二人にフードの男ーククリは大仰に腕を広げてみせた。
 「ー以上、即興で考えた全世界が号泣すること請け合いの悲しく切ない俺様の物語だ。どうだ? 五秒で考えたにしては中々のクオリティ、我ながらよくできた内容だ。ハンケチが欲しければ貸してやろうか」
 「アハハッ、結構面白かったヨ〜♪退屈しのぎには丁度いい感じでサ」
 「はぁ...」
 食べさしのザッハトルテには手を付けず、スマートフォンを片手にへらへらと笑うアッシュ・クリムゾンとは対照的に、エリザベート・ブラントルシュは眉間を指で押さえながら深い溜息をつく。
 前回の大会が始まる前、喪失感に打ちひしがれていたエリザベートに接触し、アッシュの記憶を思い出させたのはここに居るククリだった。彼はアッシュを復活させることと引き換えにブラントルシュ家の協力を求め、エリザベートは迷うことなく彼との取引を受け入れた。その結果、アッシュはこうして彼女の隣で何事もなかったかのように過ごしているのだが...。
 「何だその溜息は。貴様が話せと駄々をこねるから俺は親切にも感動できる過去の記憶を捏造したんだぞ」
 ククリが包帯に覆われた指をエリザベートへ突きつける。テーブルの上に砂がパラパラと落ち、それを見たアッシュが無言でザッハトルテの皿を手元に寄せた。
 「あなたは私とアッシュの恩人。その大恩に報いるためなら、どこへなりとも共に向かう所存です」
 エリザベートは険しい表情のまま低い声で告げ、自身に突きつけられた指を視界から外すように目を伏せた。
 「ただ、なぜ私達にその手を差し伸べたのか...あなた自身の事情が気に掛かっただけのこと。どのような理由があれ、私もアッシュもあなたの事情を茶化すつもりはありません。そこまでふざけることも無いでしょうに」
 憮然とした面持ちで手元のカップを見下ろすエリザベートと、堂々とした居ずまいを崩さないククリとを交互に見た後、アッシュは面白がるように口角を上げた。
 「まあいいじゃん、ベティ。ボクらはククリんに力を貸して、ククリんはKOFで目的を果たす...でしょ?」
 「おいクソガキ、勝手にセンス皆無の呼び名を付けるな。某ちんちくりんを思い出して不愉快だ」
 「ああほら、ちょうど特集やってるネ」
 ククリの抗議を無視し、アッシュはテーブルの上にスマートフォンを置いた。
 報道番組が映し出されている画面の中に『THE KING OF FIGHTERS』の文字を見ればククリは口を閉ざし、エリザベートも気持ちを切り替えるかのように深呼吸をする。
 「続きまして『KOF』に参加される選手への独占インタビュー! こちらの映像をご覧ください」
 映像がスタジオから街頭へと切り替わり、インタビュアーと対面している一人の女性の姿が画面に映った。
 「ドロレス選手はKOFに初参加とのことですが、どのようなお気持ちでー」
 金のフレーム眼鏡を押し上げながらカメラに向き合う彼女の姿を見て、ククリの口元がわずかに強張る。
 静かに立ち上がったククリに二人が気づいたのは、彼が普段よりも低い声で言葉を発したときだった。
 「...俺様は急用を思い出した。と、いうわけで一足お先に失礼させてもらう」
 ククリはそう二人へ言い残し、コートを翻して足早に店の外へと歩いていく。自分本位な彼の行動に眦を吊り上げ、エリザベートも続いて席を立った。
 「待ちなさい! まだ話は終わっていません、ククリ!」
 石畳にヒールを鳴らしながら彼の背を追うエリザベートの姿を横目で追いながら、アッシュはちらりと手元に鎮座するケーキの残りを見下ろした。
 「さっきの話が“捏造”...ねぇ」
 銀のフォークをその表面に突き立て、アッシュ・クリムゾンは静かに笑う。
 「そういうコトにしといてあげるヨ♪」
 誰へともなく低い声で囁くと、彼は最後の一欠けらを口に含んだ。



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