KOF'XV 三種の神器チーム ストーリー




 - 三種の神器チーム プロローグ -

深夜。地下鉄の駅の構内、闇を湛えるトンネルから吹き抜けた風はその男のコートの裾を翻した。微かに乱れた前髪から覗いた鋭い目は、背後からヒールを鳴らして歩み寄る二人の女へと向けられている。
 「ご機嫌如何かしら...八神庵」
 「ククク...その様子だと、血の衝動にはまだ耐えられてるようだねぇ。つまらない」
 マチュアとバイスーーオロチ一族の一員であり、亡霊の如く八神庵に付きまとう二人の美女はうすら寒く感じるほどの美しい笑みを湛えながら、タイルを数枚隔てた先で立ち止まった。
 「言ったろう? 悪夢は始まったばかりだと。壊れた器から溢れ出た亡者は今も世界中を漂っているのさ」
 「あなたの血が疼くのも、全ては絶望の先触れ...世界に入った亀裂は今もひび割れ、広がっているわ」
 「何かと思えば...下らん」
 構内にボウッと音が響いたかと思えば、電光掲示板の薄い光をかき消すように紫色の灯りが場を照らし出した。どこか禍々しくも、実直なまでの苛烈さを湛えたその炎を見たマチュアとバイスの目が細まる。
 庵は紫炎に包まれた指を曲げ、ゆらりと振り返った。
 「失せろ。さもなくばーこの炎で送ってやろう、地獄へな」
 身を焦がさんばかりの殺意を一身に浴び、マチュアは満足そうに吐息を漏らす。一方、バイスはお気に入りの玩具を見つけた猫のようにニタニタと笑った。
 肩の力を抜いた彼女らの背後で照明が点滅する。暗転する度、二人の姿が紫の灯りに縁どられ、その目がギラリと輝いた。
 「アンタが悪夢の中で必死にもがく姿、特等席で見物させてもらおうか」
 「どうか私達を失望させないで頂戴ね」
 バイスがゆらりと身体を揺らし、マチュアが妖艶に身を乗り出す。そして、彼女らの指が庵をー彼の背後を指差した。
 「運命の時はすぐそこよ...」
 張りつめた緊張の糸を断つように、彼らの真横を轟音と共に回送車両が駆け抜ける。彼が睨んでいたその場所に、既に二人の美女の姿は無い。突風にあおられ、庵は髪とコートをはためかせながら、いつしか炎が消えた拳をゆっくりと握り込む。
 庵の背後でカツンとヒールがタイルを叩く音が上がった。規則正しい足音は真っ直ぐに庵の背後まで迫り、静かな視線をその背中へと注ぐ。  「ここに居たのね。随分と探したわ」
 女の声に八神庵は振り返る。
 凛とした声を紡ぐ女ー神楽ちづるは真っ直ぐに庵を見つめながら、その唇を開いた。
 「三種の神器として今一度、私に協力してもらえますか? 八神庵...」

 空は快晴、流れ行く薄雲を背に鳩の群れが飛び立っていく。
 街の一角、都会の喧騒が薄らぐ公園にて一人の青年が佇んでいた。噴水の音を背に浴びながら、彼ー草薙京はチラッと腕時計に視線を落とす。待ち合わせの時刻まであと一分といったところで、バイクのエンジン音が閑静な木立の間に響いた。
 「ごめんなさい。待たせたわね」
 目の前で止まったスポーツバイク、そこからしなやかに下りる女性へ京は肩を竦めた。
 「あんたにしちゃ遅い到着だな、神楽」
 「交通事故で国道が封鎖されていたの。焦って随分飛ばしてしまったわ」
 「おいおい、まさか焦り過ぎて法定速度を破っちまったなんて言うんじゃねぇだろうな?」
 バイクに一度視線を寄越してから冗談めかして訊ねる京に対し、ヘルメットを外しながらちづるは柳眉を寄せた。
 「そんなことする訳ないでしょう」
 そう返答して彼女は一息つくと、打って変わって真剣味を帯びた視線で京の両目を見据えた。
 「さあ本題に入りましょうか、草薙」
 ちづるのその言葉を聞いた途端、京の横顔からも先ほどまでの茶化すような態度は消える。
 雲が太陽にかかったのか、先ほどまで公園に降り注いでいた陽光の温もりが消えた。うすら寒さすら感じるような影が二人の上に落ちる。
 「前回の大会で現れた謎の怪物“バース”...その中から復活したのは、我々が祓ったオロチの残留思念だけではなかった」
 「ああ...こいつらの事だろ」
 ちづるの言葉を受け、京は自身のスマートフォンを取り出した。
 数日前にちづるから送られてきたメールに添付されていた一枚の画像。そこに映り込んでいるのは街中に溶け込む三人の男女――かつて京達がその手で倒し、封印したはずのオロチ一族の姿だった。
 険しくなった京の表情を見つめながら、ちづるは眉を顰め、声色を落としながら言葉を続ける。
 「あれ以降、オロチの封印に何者かの力が干渉し始めているわ。幸い、今はまだ八咫の力で跳ね除けられるほどのものではあるのだけれど...日に日に力を増しているように感じるの」
 「それもこいつらの仕業だって?」
 京がスマートフォンに映した画像を指差すと、ちづるは首を横に振った。
 「いいえ、残念ながらそこまでは分かりません。ただ...オロチ四天王の力にしては何か異質に思えるわ。形容するなら、理そのものを変質させるような...」
 ちづるは言葉を途切る。ひときわ強い風が吹き、木立からざわざわと葉擦れの音、遠くにはカラスの鳴き声が響いた。
 「彼らが何を引き起こそうとしているのか、あるいは彼らもまた巻き込まれた側なのか...一体何が起きているのか、その真実を知るためにはあなたと八神の協力が必要なのです」
 ふと雲間から陽光が差し込む。
 ちづるは改まった様子で京へと向き直ると、その唇を開いて凛とした声を紡いだ。
 「どうか三種の神器として今一度、私に協力してもらえますか? 草薙京...」
 京はちづるから視線を逸らし、足元を睨み下ろす。
 「たくっ、先祖がどうだとか役目がどうだとか俺には関係ねぇって言ってんだろ。それに、八神と仲良しこよしなんてゾッとしねぇな。絶対に嫌だね」  そこまで言い切ると、京は短い溜息を吐く。
 「...って言いてぇトコだけど、そう言ったところであんたが諦めるとは思えねぇしな。今回だけだぜ?」
 彼は顔を上げ、ちづるの視線を真っ向から受け止めた。嫌気で強張っていた顔は諦めとも呆れともつかない苦笑へと変わる。その様子に、不安で陰ったちづるの表情が晴れ、彼女の口元にも笑みが生まれた。
 「ありがとう、草薙」
 しかし次の瞬間には、京はくるりと彼女へ背を向け、声を上げた。
 「ただ、手を組むのはいいけどよ。こっちにも条件があるぜ」
 「条件?」
 「面倒事が片付いた後、俺がやることに一切口出ししねぇなら考えてやるよ」
 肩越しに投げ掛けられた京の言葉に、何故かちづるは一転して苦笑を浮かべる。そして、葉擦れの音にかき消されてしまうほどの小さな声で彼女は呟いた。  「...同じことを言うのね、あなた達」
 「ん? 何か言ったか?」
 「何でもないわ」
 ちづるはバイクへ手を伸ばし、ヘルメットを抱え上げた。彼女はバイクを再び跨ぎながら京へと呼び掛け、彼は釈然としない様子ながらもその姿を見守る。
 「分かりました。目的を果たした後ならば、あなた達の行動に一切干渉しないと誓いましょう。けれど、オロチの封印に干渉している脅威を排除するまでは...三種の神器としての使命を優先し、きちんと協力してもらうわよ」
 「はいはい、“協力”ね。最低限の努力はしてやるよ」
 気だるげな返事にひとつ眉を動かした後、ちづるは来た時と同じようにバイクのエンジンを鳴らしながら去っていった。遠ざかっていく彼女の背を見送った後、京は手にしていたスマートフォンに再び視線を落とした。
 開かれているのは、先ほどのものとは別のメッセージ。送信者を示すスペースには“親父”と記されている。
 「さてと...こっちの面倒事については、どうすっかね」
 困り果てたかのような口ぶりに反し、彼の指はすらすらと一人の人物の電話番号まで辿り着く。
 そして、その番号を迷わずタップすると、京はスマートフォンを耳元に当てながら歩き出した。
 「もしもし、紅丸か? お前に頼みたいことがあるんだけどよーー」



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