KOF'XV ライバルチーム ストーリー




 - ライバルチーム プロローグ -

じりじりと焼けるような日差しの中、とある児童養護施設の門の内側から長身の男女ーハイデルンとドロレスが姿を現す。二人が敷地から路上へ出た途端、まるで早く立ち去れと催促するかのようにガシャンと鉄の門が閉じられた。
 門の内側で職員が漏らした舌打ちに眉一つ動かさず、ハイデルンは懐からタブレット端末を取り出した。
 「やはりここには居なかったか」
 「ええ。それにしても...彼ら、随分と横柄な態度だったわね。“彼女”が逃げ出すのも納得だわ」
 純金製の眼鏡フレームを指先で軽く押し上げながら、ドロレスは門の内側へと視線を向けた。ハイデルンは彼女の言葉に少し眉を顰め、先刻まで見聞きしてきた施設の内情を思い返す。
 アポイントメントを取ったにも関わらず、まるで二人を面倒事の種のようにあしらう所長。遠くから聞こえてくる職員らしき大人の怒号。廊下ですれ違った子供達の曇った表情といい、少なくともここが子供にとって居心地のいい施設ではないことは火を見るよりも明らかだ。
 いつの間にか己に注がれていたドロレスの視線には気付かないふりをし、ハイデルンは淡々と告げた。
 「優先すべきは例の少女の捜索だ。施設の問題改善ではない」
 その答えに対し、ドロレスは微笑を浮かべた。
 「フ...そうね。けれど街は広いわ。捜索の宛てはあるのかしら?」
 「侮らないで貰いたいものだ」
 ハイデルンが歩き出すと、ドロレスはその後に続いた。
 “南米で活動する先進気鋭のグラフィティアーティスト”、それが彼らの捜索対象だ。捜索対象が手掛ける作品は地元の若者に熱狂的な人気を誇っており、ソーシャルネットワークを通じてその人気は海外にまで波及し始めている。彼女は神出鬼没で、大人の裏をかくように街中に現れてはライブペイントを行い、警官が駆けつける頃には姿を消すという。
 普通に考えれば、そのような相手を広い街中で探し出すのは困難を極めるだろう。しかし、“プロ”にかかれば話は別だ。
 「この程度の足跡、追う事に何の支障もあるまい」
 往来に集まる若者達の姿を遠目に捉え、ハイデルンはタブレットを再び懐へ収めた。
 人だかりを作っているのは地元の十代の若者達のようだった。しかし、その中にはまだ十代にも達していない幼い子供の姿もある。彼らの誰もが熱狂した様子で歓声を上げ、口笛を吹き、目の前で鮮やかに吹き荒れる色彩を楽しんでいる。
 そこでは鮮やかな黄色の上着をはためかせ、一人の少女が壁に向き合っていた。彼女は颯爽とガスマスクを装着し、軽快なステップで位置取りを変えながら壁面に両手のスプレー缶を向けてインクを噴射していく。一見すれば、彼女は才気と活力に溢れたごく普通のアーティストだろう。しかし、真に注目すべきは彼女自身ではなくー彼女の真上を飛び交う“手”だ。
 「アマンダ、パス!」
 少女はおもむろにスプレー缶を空中へ放り投げた。宙に舞い上がったその缶を、不思議なオーラを放つ紫色の“手”が素早くキャッチする。そして“手”は少女の手が届かない場所へペインティングを始めた。
 確かにそれはシュンエイという少年が扱っていた幻影の手とよく似ている。彼と異なる点を上げるとするならば、彼女が扱う幻影の手は小ぶりで破壊力には乏しそうであること、そして己の意志を持っているかのように動くことだろう。
 歩み寄るハイデルンとドロレスに気付いた観衆達から笑顔が消えるのと、彼女らが絵を描き上げたのはほぼ同時だった。
 「君がイスラかね」
 ハイデルンの呼び掛けに少女は振り返り、訝しげに目を細めながら口元を覆っていたガスマスクを外す。
 「ンだよ...それがどうしたの? てかアンタら、誰?」

 イスラが二人を案内したのは、人影も疎らな狭い公園だった。公園の隅にある遊具の傍で立ち止まると、彼女は不信感を隠す様子も無く、ジロリとハイデルン達を睨み上げる。
 「THE KING OF FIGHTERSってアレでしょ、金持ちが開いてる格闘大会。前のヤツも見てたよ」
 憮然とした表情で仁王立ちになるイスラの傍で、幻影の手ー彼女は“アマンダ”と呼んでいるらしいーがシャドーボクシングのように拳を構える仕草をした。好戦的な構えとはいえ、警戒心はあっても害意は無いことは分かる。
 ドロレスと目配せした直後、ハイデルンはイスラの視線を真っ向から受け止める形で口を開いた。
 「君には我々のチームメイトとしてこの大会に参加してもらいたい」
 「何のために?」
 「悪いが、今その問いに返答することはできない。君が我々の要請に応じるのであれば情報を開示しよう。しかし...大会に参加すること自体は、君にとっても利益があると思うのだがね」
 ますます表情を険しくするイスラをハイデルンは静かに見守った。数歩離れた位置から場を眺めているドロレスもまた、値踏みするような視線をかの少女へと向けている。
 しばらくの沈黙を挟んだ後、イスラは「足元見やがって」と不快そうに舌打ちをする。
 「...確かに、優勝賞金があれば施設のガキンチョ達にいいモン食わせてやれるし、参加するだけで世界中にアタシとアマンダの名前を売れる。今のアタシらにとっては願ったり叶ったり...だけど...」
 キャップのつばをクイッと指で下げ、イスラはいっそう低い声で唸るように返答した。
 「胡散くせーンだよアンタら。信用できるワケねーだろ」
 これ以上は喋ることもない、とでも言いたげに彼女はハイデルン達へ背を向けた。その隣でアマンダが二人へ「帰れ」とハンドサインを送る。
 確かに彼女からすれば、突然見知らぬ大人が訪ねてきたと思えば同行を願い出てきたのだ。不信感を覚えるのも当然だろう。しかも彼女は環境のせいか、“大人”という存在に対して頑なな不信感を抱いている様子。年が近いレオナも今回の接触に同伴させるべきだったか、とハイデルンが考えたその時だった。
 今まで沈黙を守っていたドロレスの声が公園に張りつめていた緊張の糸を切る。
 「次の大会にあの少年...シュンエイが参加すると言っても?」
 その言葉にイスラの両肩が強張った。公園の外へ向かって踏み出そうとしていた足を引き下げ、ゆっくりと彼女は振り返る。
 「シュンエイって...ヒゲの爺ちゃんや眠そうなガキンチョと一緒に出てた、あのいかにも根暗でいけ好かねーカンジのヘッドフォン野郎? 何でアイツの名前が出てくンだよ」
 先ほどの態度とは異なり、イスラの声色には微かな興味が含まれていた。それを見透かすように目を細めた後、ドロレスは眼鏡のブリッジを押し上げながら返答した。
 「それは地球上でただ一人、貴女だけが彼と同じ力を持っているからよ」
 「...ッ!」
 「貴女もずっと気になっているのでしょう? 自分と同じ力を持つ少年のことが...」
 目を見開きながら、イスラが二人の方へと向き直る。ドロレスの問いに対して返事は無いが、その両目に宿った驚愕の色、強張った表情の全てがその答えに等しかった。
 短い溜息を吐いた後、ドロレスは鋭い視線でイスラを射抜きながら言葉を続ける。
 「貴女達の“幻影を操る力”...そのルーツや秘密を知りたいと思ったことはない?」
 「アタシと、アマンダの...秘密...」
 「貴女が我々に協力し、十分にその実力を示したときには全てを教えましょう。約束するわ」
 目を泳がせて動揺しているイスラの傍で、アマンダがおろおろと彷徨う。
 どれだけの時間が経過したのだろうか。長い沈黙、公園の遊具が風を受けてギイギイと軋む耳障りな音がやけに大きく響く。離れた場所でボールを蹴っていた子供達がバタバタと公園から出ていった直後、俯いていたイスラがようやく口を開いた。
 「...アンタらに協力したら、アタシ達がいったい何者なのか教えてくれンだよな?」
 絞り出すようなイスラの問いに、ハイデルンは静かに答えた。
 「協力要請に応じた報酬は必ず支払おう」
 その返答を聞き、イスラは深く長い溜息を吐く。そして、迷いを振り払うように頭を振ると、体ごとハイデルンとドロレスへと向き直った。
 「フン、別にアンタらを信じたワケじゃねーぞ。オトナなんて何も信用できねー...けど...」
 イスラはキャップを指で軽く押し上げ、口の端を吊り上げる。その不敵な笑みが、ハイデルンとドロレスが初めて見た彼女の笑い顔だった。
 「アタシをリーダーにするってンなら、乗ってやるよ!」



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