KOF'XV 龍虎チーム ストーリー
- 龍虎チーム プロローグ -雲一つない快晴。燦々と陽光が降り注ぐ正午、サウスタウンのメインストリートに佇む男が二人。彼らは荷袋を肩に担ぎ、煌びやかに輝く店舗の看板を見上げている。
行列を成す店舗の入り口の上には陽光に照らされる“極限焼肉”の四文字が鎮座している。がやがやと口々に喋りながらメニューを覗き込む人々の列を遠巻きに、男の内の片割れーマルコ・ロドリゲスはごくりと唾を呑んだ。
「焼肉屋の経営の方は...超順調、のようですね...」
「ああ...」
記憶の中のそれよりも大きく、豪華になっている店舗をもう一人の男ーリョウ・サカザキは何とも言えない気持ちで見上げていた。不安とも、不満ともつかない。恥ずかしいことながら、リョウ自身、胸の内に浮かぶこの名状しがたい感情について整理できていないのだ。
修行でどれだけ雑念を振り払おうと、“極限焼肉”の文字を思い出す度に暗雲のようにわだかまる感情は悶々と沸き上がってくる。そしてその感情は今も確かにリョウの胸の内を曇らせていた。
リョウとマルコは店の脇にある従業員入口へと向かう。インターホン越しに名乗ればすぐに事務所へと通される。整然としたオフィスで二人を出迎えたのはリョウの父タクマ・サカザキ、そしてリョウの親友にして同門のロバート・ガルシアの二人であった。彼らはリョウとマルコの姿を見ると笑みを浮かべて立ち上がる。
「おお、リョウ、マルコ! 戻ったか!」
「ごっつ久しぶりやな二人とも! 迎えに行かれへんですまんかったなぁ」
ロバートはリョウへ歩み寄るとその肩を軽く叩いた。一礼するマルコの隣で、リョウもまた笑顔で返事をする。
「いや、いいんだ。親父とロバートも元気そうで何よりだよ。ユリはどこにー」
妹の姿を探そうとリョウが視線を動かしたそのとき、開かれたドアから疲れきった様子のユリ・サカザキが姿を現した。彼女は兄達の姿に気付いていない様子で、へろへろと部屋の中に入ってくる。
「お小遣いのためとはいえ、さすがに疲れるよ〜...。ごめんロバートさん、今日も道場には寄れそうにないかも...」
「お疲れ様やで、ユリちゃん。極限焼肉の看板娘にも休養は必要や。仕事終わったらゆっくり休み」
「うん、そうする! 明日はお昼まで寝ちゃうもんね〜...と、あれ? お兄ちゃん達、帰ってたんだ!」
ロバートの労いを受けて元気が戻ったのか、先ほどよりも背筋を伸ばしたユリはようやくリョウとマルコの姿に気付いたらしい。どうも焼肉屋のアルバイトに精を出しているらしいユリの様子に、リョウの胸の中で暗雲がもやもやと渦巻いた。
「ただいま。ユリも元気そうだな」
「まあね〜。でも、ここしばらくバイトで忙しかったし、今はヘトヘトだよ」
いつの間に髪を伸ばしたのか、おさげを揺らしながら兄へ笑いかけるユリの姿を見ながら、リョウは「仕事の手伝いは何も悪いことではない」と内心で呟いた。そして、リョウはタクマとロバートへと振り返る。
「ああ、そうだ。ところで、修行の成果を確かめるためにもKOFに出場しようと考えているんだが、親父とロバートはどうするんだ?」
「今はこの先の経営を左右する重要な案件が来ておるからな、ワシは手が離せん」
さらりとそう告げたタクマの言葉にリョウの眉が僅かに下がる。しかし、本人含め、誰もそれに気づいた様子はない。タクマは腕組みをした後、ロバートに視線を向けた。
「ロバートよ、リョウと共に出場してこい! 極限焼肉の広報も忘れずにな!」
「押忍ッ!」
師匠の言葉に大きく返事をしてからロバートは改めてリョウに向き直り、口角を上げながら手を差し出す。
「ここんところ経営の手伝いで忙しかったさかい、そろそろ道場以外でも身体を動かしたい思っとったところや! 今回もよろしく頼むで、リョウ!」
「...ああ! 頼りにしてるぞ、ロバート!」
リョウは差し出された手を握り返した。固く握り合う手に安堵を覚えたのか、リョウの浮かべる笑みはいつも通りのものとなっていた。その表情を見て、マルコもホッと胸をなでおろす。
「ほな、あと一人やな。とはいえワイとリョウときたら...やっぱここはユリちゃんやろな」
「うんうん。ドーンと私に任せてよ、お兄ちゃん!」
ロバートの言葉を受けてユリが身を乗り出す。そんな妹の姿をリョウは笑みを消してじっと見つめた。
先ほどユリの言動を脳内で反芻し、リョウはしばらくの沈黙の後、低い声で返事をする。
「...いや。今回、ユリは置いていく」
「えっ...!?」
「へっ? なんでや?」
ユリとロバートは驚きで目を丸くした。タクマは腕組みを解かぬまま場を静観しており、マルコは一転して心配の視線をリョウやユリへと注いでいる。
険しい表情を解かないまま、リョウはユリへ訊ねた。
「ユリ、最後に道場で修行したのはいつだ?」
「えっと...た、たしか...二か月くらい前...」
「それで腕が鈍ってないとは言わせないぞ。KOFに出場するのは研鑽を積んだ猛者ばかりだとお前も知っているはずだ。断言する。今のたるみきったお前じゃ、誰一人として倒せない!」
「...ッ!」
ユリは酷くショックを受けたようだった。しかし、兄の言葉は図星を指している自覚があったのか、彼女は反論しようとしても言葉が出てこないようで、口を開閉させるのみであった。
しばらくわなわなと震えた後、ユリは絞り出すように声を上げる。
「ひどいよ...たるんでるだなんて...! そんなことないもん! お兄ちゃんのバカーッ!」
事務所から飛び出していくユリの背を見送るリョウの横顔を見、ロバートは得心したように軽く頷く。そして、親友の肩を軽く叩き、諭すように言った。
「負けず嫌いのユリちゃんのことや。心配せんでもちゃんと勘を取り戻してくると思うで」
「...」
リョウが返事の代わりに小さな溜息を吐くと、ロバートは首を傾げる。
「せやけど、ほんなら三人目はどないするんや? マルコか?」
指名にハッと身を強張らせたマルコの隣で、リョウは神妙な表情で考え込んだ。
「いや、一人心当たりが...」
開店前の札が下げられたバー・イリュージョンの店内、カウンターの奥でキングはグラスを丁寧に拭き上げていた。静かに開店の準備を進める彼女の耳に扉が開閉する音が届く。室内に入ってくる靴音へ、冷たい声で追い出そうと彼女は顔を上げる。
「開店前だよ...って、あんたかい。驚かせないでくれよ」
「準備中に悪かった。そこ、座っていいか?」
しかし、店内に入ってきた男がリョウだと気付くと、彼女は表情を和らげた。リョウは片手を上げて挨拶をしながら、バーカウンターの一席へと歩み寄ってくる。
「いいよ。何か飲む? 修行明け記念に一杯、さ」
「いや...」
向き合うように着席するリョウの真剣味を帯びた表情に、キングは不安そうに柳眉を顰めた。修行明けでこのような顔をすることは珍しく、何かあったのかいと声を掛けようと彼女がグラスを置けば、リョウは意を決したように顔を上げた。
「なあキング、折り入って話があるんだが」
真っ直ぐに目を見つめられ、キングはたじろぐ。
「な、なんだい、改まって」
「俺とお前は付き合いが長いし、気心も知れている。共にいて気が楽な相手だ」
リョウの言葉の真意が掴めず、キングはどぎまぎする。
「互いのことも熟知している。だから、俺はお前しかいないと思っているんだが...」
「あ、ああ...」
彼の表情は真剣そのもので、語る言葉に?偽りはない。彼の性分からして何か極限流や格闘家に関することなのだろうが、しかしー“愛の告白”という可能性は否めないのではないか。意識している相手からの思わせぶりな発言に、どうしてもキングは期待を捨てきれず、頬を赤くしながら次の言葉を待った。
リョウはカッと目を見開き、バーカウンターに手を付きながら身を乗り出した。
「頼む! 今回は俺達と一緒にKOFに出場してくれ、キング!」
キングは溜息を吐き、バーカウンターに両手をついて項垂れた。期待した自分に呆れた故の行動だったが、リョウは「駄目なのか!?」と心配そうな声を上げる。
「いや、大丈夫よ。今回のKOFについては保留にしてたからね...舞なら自力で相手探せるでしょ」
そう言ってキングは緊張の面持ちのリョウへと笑ってみせた。
「それじゃあ...!」
「いいよ。あんた達と組むのも久しぶりだね、リョウ」
「ありがとう! 助かるぜ、キング!」
リョウは嬉しそうに笑い、がしりと武骨な手でキングの手を取った。固い握手を結びながら、キングは内心で鈍いヤツと呟いたのであった。