KOF'XV 怒チーム ストーリー




 - 怒チーム プロローグ -

水平線の上に浮かぶ積乱雲を目指すかのように、艦艇が列を成している。どの国家にも所属せずに世界中を航行するそれは、ハイデルン率いる傭兵部隊の本拠地であった。
 艦隊の中央に位置する空母、その船内のブリーフィングルームに彼らは居る。
 「今作戦における我々の目標は“バース”...前回の大会で姿を現したあの怪物を完全に消滅させることだ」
 暗い室内、データが投影されたスクリーンの前に立ち、ハイデルンはぐるりと一同を見回した。
 上官に向かい合うように整列するのはラルフ、クラーク、レオナの三人。彼らはハイデルンに視線を合わせ、彼の口から語られる作戦内容に集中しているものの、見慣れぬ二人の客人に僅かな意識を割いていた。
 「各地での重力波の観測結果に加え、協力者...ドロレス氏の有力な情報提供により、奴が再びKOFに出現するであろうことが予測されている」
 協力者という言葉に差し掛かるとハイデルンはほんの一瞬だけ視線を隣の女性へと移した。ドロレスと紹介された女性は三人へ優雅に会釈してみせる。しかし、彼女が三人へ向ける目からは、まるで観察するような――悪く言えば値踏みするような様子が見て取れた。
 「次の出現による被害は前回の大会を大きく上回るだろう。被害を最小限に留め、早期に奴を食い止める...それが今の我々に課せられた任務だ」
 ハイデルンはそこまで言い切ると部屋の照明を点灯させる。室内に明るさが戻ると、張りつめていた空気も自然と柔らかくなっていくように感じられた。
 正した姿勢はそのままに、サングラスの裏で目元を微かに緩めながらクラークは口を開いた。
 「了解です。今作戦の重要性は理解していますが、しかし、まさか教官も前線に出られるとは」
 「ああ。しかも教官のチームメイトが...」
 同調するようにラルフも頷く。そしてその視線が部屋の片隅へと向けられた。
 壁に背をあずけ、退屈そうに指を弄んでいた少女がハッと顔を上げる。彼女は威嚇するようにラルフを睨み返し、全身を強張らせた。
 「おっと。こりゃ失礼、リーダーの嬢ちゃん」
 まるで道端で鉢合わせた野良猫のような反応に苦笑しつつ、ラルフは視線を上官へと戻す。
 一連の様子を眺めていたハイデルンは一呼吸置き、言葉を続けた。
 「今作戦において“アンプスペクター”...イスラ及びにシュンエイの存在は極めて重要だ。前大会でシュンエイにその兆候が見られたように、バース再出現時に彼女らが力を暴走させる可能性は否めない」
 ラルフとクラークの表情が引き締まった。入室してから一切の表情の変化が無かったレオナですら、上官の言葉にぴくりと瞼を動かす。
 「ラルフ、クラーク、そしてレオナ。お前達の主な役割は大会の経過観察及びにシュンエイの監視だ。もし彼がその能力を暴走させた場合は鎮圧に当たれ」
 ハイデルンが口を閉ざすと、室内がしんと静まり返った。
 沈黙の中、レオナはバースの内部からオロチが現れたことを思い出す。草薙京、八神庵、神楽ちづるの三者の手によって祓われたという報告こそ挙げられていたものの、それで終わりではないことにレオナは気付いていた。
 彼女の中に眠る呪われた血が今もなお疼いている。レオナは何度も血に抗い、戦い、時に暴走し、その度に隣にいる上官達に助けられてきた。今更、昔のように怯えるつもりも、負けるつもりも毛頭ない。
 しかし、今回の衝動は“今までとは何かが違う”。その予感がレオナの胸の内に小さな不安の影を落としていた。もし予感が的中し、彼女自身が暴走してしまったら、任務の遂行に大きな支障をきたすだろう。少しでも不安要素があれば申告すべきだろうかとレオナが口を開こうとしたその時だった。
 「ははぁ、なるほどね。そりゃまさに俺達が適任ってワケだ」
 不敵な笑みを浮かべたラルフの声が沈黙を破る。彼は隣のレオナの肩を軽く叩きながら、大仰に頷いてみせた。
 「任せといて下さい教官。暴走してるヤツを抑え込むのにゃ慣れてますんでね」
 「違いありませんね。いつも通りに参加し、いつも通りに任務を完遂するだけです」
 レオナの反対側で静かに頷くクラークの口元にも、やはりいつも通りの笑みが浮かんでいる。
 彼らの様子を横目で見た後、レオナは再びハイデルンへと向き直った。彼女の口元には微かな変化が生まれている。それが笑みなのだと気付けるのは、彼女が信頼を置ける仲間と、彼女を見守り続けてきたハイデルンだけだった。
 「...了解しました、教官」
 飾り気のない、しかし実直な返答にハイデルンは静かに頷く。
 「作戦中、決戦スタジアムから北方六十キロに位置する海上に艦隊を待機させる。各人、油断せず任務にあたれ。以上!」
 「――はっ!」
 最敬礼をし、毅然とした足取りでブリーフィングルームを後にする三人の部下の姿を、ハイデルンは信頼の眼差しで見守っていた。



BACK  HOME