KOF'XV G.A.W.チーム ストーリー




 - G.A.W.チーム プロローグ -

モスクワの裏路地に心も凍てつくような風が吹き荒ぶ。人けもなく、星空の灯りしか差し込まないそのような場所に身を寄せ合って歩く二人の男性がいた。
 片や、中年男性にしてはやや小柄な背丈。片や、熊と見紛うほどの筋骨隆々の大男だった。彼らが抱えている荷物は少なく、誰が見ても着の身着のままといったていであった。彼らの目の前で風に乗って飛んできた数枚の新聞紙がレンガの壁に張り付き、彼らは思わずその紙面へと目をやる。
 ーKOFでのスタジアム倒壊は“予定調和”か? 過激な演出だと批判殺到!
 ー内部告発か、演出は全てアントノフ社長の独断と暴露! 過去の実績についても多くの疑問を...。
 ーアントノフ、退任を表明! アントノフ・コーポレーション理事会、後任については...。
 紙面を見てふるふると二人の男たちは震える。
 大男が拳をレンガの壁に打ち付けると、新聞紙がその衝撃で剥がれて路地の奥へと飛んで行った。
 「しゃ、社長...」
 「社長ではなぁい!」
 その叫びに小柄な男の方は伸ばしかけた手をハッと引っ込める。
 「何がヤラセだ、何が...! そんな冷めること、この俺がするわけないだろうがぁ...!」
 がっくりとその場に膝をついた大男こそ今世界中でー不本意にもー話題を集めている男、アントノフ・コーポレーションの元オーナー、アントノフその人であった。
 彼が主催した『THE KING OF FIGHTERS』で突如出現した怪物は彼が何億も投じて建設したスタジアムを木端微塵にしてしまった。それでもチャンピオンと怪物の死闘は高視聴率を叩き出し、様々な損失を差し引いても大会は大成功したかのように思えた。SNS上でアントノフのヤラセ疑惑が浮上するまでは。
 根も葉もない噂はたちまち世界中に広がり、アントノフが気づいた頃には取り返しがつかないレベルにまで炎上してしまっていた。その結果、彼は部下のヤコフとともに半ば夜逃げするような形でモスクワの裏路地を彷徨っている。
 しばらく蹲っていたアントノフだったが、不意に首をゆるゆると横に振る。
 「いや...まだ終わっとらん! またこの身一つでやり直せばええ話じゃないか!」
 小柄な男、ヤコフは崩れ落ちるアントノフをしばらく見つめていたが、意を決したように口を開く。
 「一つではなく二つですよ社長、いえ...アントン! 私はどこまでもお供します。昔からそうだったじゃあないですか」
 「おぉ...ヤコフ...!」
 二人は見つめ合い、互いに目を潤ませる。その脳裏に今までの思い出が溢れ出し、学生時代の記憶にまで巻き戻らんとしたその時だった。
 大通りに面した細い通りからまだ幼い少年の声が響く。
 「...チャンピオンのおじちゃん!?」
 「そ、その声は!?」
 そこに立っていたのは家族で家に帰る途中だったのか、両親から離れ、驚きの顔で二人を見つめている一人の男の子。KOFにてアントノフがその身を挺して庇ったミーシャ少年の姿だった。

 ミーシャ少年の両親の口利きもあり、アントノフとヤコフはアパートの一室へ何とか滑り込んだ。固定電話が一本引かれているだけの質素な部屋だったが、極寒の大地シベリアにて腕一本で成しあがった経験のあるアントノフ、そしてその傍でずっと見守ってきたヤコフにとっては十分だった。
 電話一本を元手に彼らは新たな事業を始めた。そう、それはー
 「...っちゅー紆余曲折を経て、この団体を立ち上げたわけだな。とまあ、前置きは長くなったが」
 指先で白いウェスタンハットの縁を軽く押し上げながら、アントノフはサングラスの奥で目を細める。それと同時に、葉巻を咥えた口角が二っと吊り上がった。
 「ようこそ、ギャラクシー・アントン・レスリングへ! 歓迎するぞ、ラモン、キング・オブ・ダイナソー!」
 大きく腕を開いたアントノフの背後には一枚の横断幕が掲げられてある。そこに描かれたロゴマークーギャラクシー・アントン・レスリングことG.A.W.の文字は今や“超新星のプロレス団体”として世界中が知る所となっていた。
 彼らが立っているのはG.A.W.の社長室である。しかし、アパートの一室を事務所として改装しているため、社長室としての区切りは無いに等しい。振り返れば中古の事務机が並んでいるのが見えるような、そんな様相の室内だった。
 しかし、ラモンとダイナソーからすれば、そういった空間であるからこそ居心地の良い事務所に思える。彼らは笑顔でアントノフの言葉に頷いた。
 「おう! これからよろしく頼むぜ、社長」
 「YOUと共に仕事ができて光栄だ!」
 アントノフと握手を交わすラモンとダイナソーの姿を嬉しそうに見守っていたものの、ヤコフは僅かな心配を顔に浮かべながら二人へ問いかけた。
 「しかし、移籍していただくのは我々としても大変ありがたいのですが...お二人ともメキシコで積み上げたキャリアがあったはず。よろしかったのですか?」
 彼の質問に対し、ラモンと朗らかに笑いながら返答する。ダイナソーはその隣でどっしりと腕組みをし、真面目な表情で答えた。
 「メキシコを離れたからって地元愛が無くなったわけじゃねぇさ」
 「今の時代、もはやプロレスに国境はないからな。遠く離れていようとファンに私達の勇姿を送ることはできるし、逆も然りだ!」
 ダイナソーの隣で「それに」とラモンが口角を上げる。
 「あんたらが目指してるのは“ロシア一”じゃなくて“世界一”だろ?」
 その言葉にヤコフは感銘を受けた様子で胸元に手を当てる。アントノフはますます口元の笑みを深くしたと思うと、窓ガラスが震えそうなほどの声量で笑い声を上げた。
 「わっははははは! ますます気に入ったぞお前達!」
 ラモンとダイナソーを交互に見やったかと思えば、アントノフは勢い良く天を指差した。
 「だが違う! G.A.W.が目指しているのは世界一でもない...“銀河一”だ!」
 サングラスの奥でキラキラと輝く、アントノフの少年のような曇りなき眼。その視線に射止められ、ラモンとダイナソーは顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
 「とりあえずだ。目標への第一歩としてKOFに出場するぞ! そしてチャンピオンの座を取り返すのだ...俺達三人でな!」
 「いい〜ねえ! そりゃ世界も盛り上がりそうだ」
 「うむ! YOU、そしてこの団体の未来の為に、私も全力を尽くそう!」
 「...てか恐竜、さっきからヒールっぽくないことばっか言ってねーか?」
 「ムッ!? い、今はオフであるし、社長の前だ。何ら問題あるまい!」
 シベリアの氷雪すら溶かさんばかりの情熱が彼らの中に宿っている。正真正銘、これがG.A.W.の第一歩になるのだ。熱く語らうアントノフ、ラモン、ダイナソーの姿を見守りながら明るく笑顔に満ち溢れた未来を想像し、ヤコフは微笑んだのであった。



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