KOF'XV クローネンチーム ストーリー




 - クローネンチーム プロローグ -

兵士の手の内にあるデバイスには地元の人間も近寄らないような廃墟の空撮映像が表示されていた。
 撮影されているのは雑草や木の根で不自然に盛り上がったアスファルトの道、その先に放置されているのはツタに覆われた廃屋だ。銀髪の若い女が小脇に買い物袋を抱きながら立て付けの悪い扉をノックすると、中からゆらりと一人のゴーグルをかけた青年が姿を現す。
 デバイスを覗き込んでいた兵士はハッと息を呑み、押し殺した声で隣の兵士へと声を掛けた。
 「この男が例の?」
 「ああ。クーラ・ダイアモンドの誘拐犯だ」
 そのとき、映像の中の青年がふと顔を上げ、ゴーグル越しに“こちら”を見た。
 青年は右手を掲げ、その掌を映像越しの兵士達へと向けー
 「おい、もしかして気付かれ...」
 片割れの兵士がそう呟いた時には既に遅かった。激しい炎がスクリーンを覆った刹那、映像はざらついたノイズへと化した。偵察用ドローンが壊されたのだという結論に至ったのは、彼らがノイズを眺めて五秒が経過した後だった。

 廃屋の扉を乱暴に閉じ、青年は近くのソファを勢い良く蹴りつける。銀髪の女ーアンヘルは彼の癇癪に動じる事もなく、買い物袋と焼け焦げたドローンの部品をテーブルの上に置いた。
 「虫みてぇにウジャウジャ湧きやがって! 鬱陶しい奴らだぜ」
 「ごめんごめん。尾行されてるなんて思ってなくてさー。一応拾っておいたよ、コレ」
 「ンなゴミ、拾ってどうするよ...たくっ」
 少しも反省していない様子で返答したアンヘルを睨みつけながら、青年は机の上のドローンの一部を拾い上げる。アンヘルは携帯食料のパッケージに被った煤を手で軽く払うと、突き刺すような視線をものともせず「うーん」と伸びをしながら訪ねた。
 「足ついちゃったかもね。そろそろここも引き払うかにゃ?」
 「チッ...。どうもこうも、そうするしかねェだろ...」
 青年は苛立ち混じりにドローンの一部を背後へ投げ捨てる。
 弧を描いて落ちたプロペラが乾いた音を立てるのと、古びた冷蔵庫の戸が開く音が響いたのは、ほぼ同時だった。
 「あっ! クーラのアイス、もう無くなってる!」
 氷の欠片ひとつ落ちていない寂しい空洞を眺めているクーラ・ダイアモンドの背後へ大股で歩み寄り、青年は苛立ちを隠そうともせず呼び掛けた。
 「おい、クソガキ。ここはもう捨てる。大人しくついて来やがれ」
 刺々しく威圧的な青年の声に一瞬ビクッと肩を震わせたものの、クーラはくるりと振り返ったかと思うと頬を大きく膨らませる。
 「またお引越し? ずーっとそればっか。クーラ、もうやだよ!」
 「それが人質の取る態度かよ」
 「クーラ、ヒトジチじゃないもん。クーラの家出にお前たちが勝手についてきてるだけだもん」
 「ほんと、ワガママしか言えないお子ちゃまはめんどくさいにゃー」
 べぇーっと舌を出したクーラに背を向け、アンヘルは意地の悪い笑みを浮かべた。
 「それとも袋詰めにしちゃう?」
 「このまま動かねェつもりならな」
 そのとき、不意にノイズ交じりのラジオから陽気なジングルが鳴り響いた。
 「続報です。先日開催が発表された『THE KING OF FIGHTERS』について...」
 クーラの視線が古びたラジオへと向けられる。それにつられたのか、青年もまたそちらへ目を向けた。
 先ほどの反抗的な態度はどこへやら、不明瞭なアナウンサーの声に耳を傾けるクーラの横顔はどことなく寂しそうで、それを目ざとく見つけたアンヘルはニヤリと口角を上げた。彼女はスマートフォンに一枚の画像を映し、それをクーラの鼻先へと突きつける。
 「さてと。肝心の保護者クンたちは、ちゃんと家出娘を迎えに来てくれるかにゃー?」
 「...!」
 目の前に突きつけられた画像を見てクーラは表情を強張らせた。監視カメラのデータを不正に抜き取ったかのようなそれには、猫背で歩く一人の青年の姿が映り込んでいる。サングラスのせいで目元の表情はうかがい知れないが、その口元は不機嫌そうに歪んでいるように見えた。
 キュッと拳を握ったクーラを一瞥し、青年は嘲笑交じりに肩を竦める。
 「来るなら予定通りぶちのめす。尻尾巻いて逃げるなら盛大に笑ってやるだけだ。
 おいクソガキ、ちゃんと戦えよ。出来損ないのテメェでも最低限の戦力にはなるんだからな」
 その言葉へクーラはムッとした表情で振り返った。しかし、何かを言い返す様子は無く、彼女は自身の荷物が詰まっているのであろう小さいリュックサックの方へと歩いていく。どうやら“引っ越し”に応じる気になったらしいクーラの様子を一瞥し、青年とアンヘルもまた数少ない荷物の方へと足を向けた。
 「傭兵どもに踏み込まれる前に、とっとと離れるぞ」
 「うぃーっす。次はもうちょい住みやすいとこにしたいにゃあ...っと?」
 アンヘルはスマートフォンを懐に戻し、ふと何かに気づいたかのように顔を上げる。
 しばらくこめかみに指を当てて考えていたかと思うと、彼女は完全に諦めきった様子で青年へ訊ねた。
 「...そういえば、今のあにゃたの名前、何だったっけ?」
 「また忘れたのかよテメェ。いいか、一度しか言わねェから今度こそ覚えとけよ」
 青年はゴーグルの下で目を細める。不規則に点滅するオンボロ電球の光を反射し、その右手を覆う傷だらけの青いグローブが鈍色に光った。
 「俺の名前はクローネンだ」



BACK  HOME