KOF'XV エージェントチーム ストーリー
- エージェントチーム プロローグ -サウスタウンの片隅に、人目を忍ぶように建つ一軒のバーがある。人影もまばらなその店内にはバーカウンターに並ぶ男女が一組。両者とも品の良い佇まいですらりと背が高く、指先の仕草一つすらも優美に感じられるような美男美女だった。
彼らが入店してから一時間は経った頃合いだろうか。話を切り上げた男が眼鏡のフレームの位置を指先で軽く整えるのを横目で見やった後、黒髪の美女は興味深そうに目を細めた。
「... それがあなたの欲しいものなのね?」
カウンターの上に置かれた写真を音もなく懐にしまいながら、若い男は静かに頷く。
「“これ”を入手するのはあなたでも厳しいでしょうが... 」
「あら、失礼しちゃうわね」
「もし何らかの形であなたの手元に届くことがあれば、個人的にお譲りいただけますか? 無論、報酬はきちんとお支払いいたしますよ」
彼がゆっくりと振り返ると同時に、二人の間に置かれたグラスの中で氷がカランと音を立てる。若い男が眼鏡越しに向ける視線に一つ笑みをこぼすと、美女は静かに席を立った。
「そうね。もし手に入ったら... ね」
彼女の言葉を聞き、男は口元に薄く笑みを浮かべる。美女は去り際にバーの片隅に置かれた装飾だらけのスツールを一瞥したが、特に気を引かれた様子も無くドアノブへと手を伸ばした。
「また会いましょうね。ハインちゃん」
そうして彼女ールオンはバーを後にする。残されたのはバーの入り口の扉に備え付けられたベルが鳴らす、カランカランという虚しい音だけだった。
陽光が燦々と降り注ぐ昼下がり、海鳥の鳴き声が心地の良い潮騒に乗って響いてくる。
彼女が来店してからかれこれ一時間が経とうとしている。汗が滲むような日差しのせいか、はたまたSNSで話題になっている店であるからか、若いカップルの来店が後を絶たない。特に海に突き出すように設けられたこのカフェテラスには客足も多く、顔を突き合わせてストローに口を付けるカップル達の話し声がひっきりになしに聞こえてきた。
手にしていたタブレットPCをテーブルの上に置き、ブルー・マリーは深い溜息をこぼした。
「駄目ね。これ以上は流石に尻尾も掴ませてくれないってことか... 」
彼女は同業者であるヴァネッサに呼び出され、待ち合わせ場所と指定されたこのテラス席を守り続けている。初めはオフのつもりで食事を楽しんでいたのだが、ヴァネッサから「ごめん、一時間くらい遅刻しちゃうかも」というメッセージが来てからは“時間潰し”として自身の仕事内容の確認に勤しんでいた。
マリーは自身のタブレットの画面に映り込んでいる一枚の隠し撮り写真を睨みつける。
前回のKOFから頭角を現し始めたハワードコネクションの新入り、ハイン。彼は何かの思惑を抱えてハワードコネクションに潜り込んでいる。ハワードコネクションにも気取られぬように動いている様子ではあるのだが、肝心の尻尾は掴めないでいる。
ここ数か月の間にマリーがようやく掴めたヒントは、この隠し撮り写真一枚であった。
「ハワードコネクションの目を掻い潜ってまで行われている密会、ね。ただの逢引とは思えないし... 」
そこにはサウスタウンの外れのバーで静かに飲み交わすハインと一人の黒髪の美女ーこれまたキム・カッファンの師匠・ガンイルの愛人として前回のKOFに顔を出した謎の女ールオンの姿が映り込んでいる。
「ルオン... 彼女はいったい何者なの?」
マリーが眉を顰めたその時だった。客席の間を縫うように見慣れた深紅の髪が視界に映り込む。
「マリー、お待たせ〜! 遅れてごめんなさいね〜」
「ちょっと、呼び出しておいて遅刻なんてー」
タブレット端末の電源を落としながら、マリーは苦笑で表情を塗り替えながら顔を上げる。だがその笑顔はヴァネッサの後ろを歩く人物を見て一瞬固まった。
ヴァネッサの背後に居たのはすらりと背の高い黒髪の美女。つい先ほどまでマリーが訝しげに睨んでいた写真の中の人物と同一人物だったのだ。ルオンはそんなマリーの胸中を知ってか知らずか、穏やかに微笑みながら手を振ってみせた。
「ごきげんよう。ええと、ブルー・マリーさん... だったかしら?」
「... ええ、そうよ。こんなところで会えると思わなかったわ、ルオン。正直驚いたもの」
マリーが笑顔で挨拶を返すと、ルオンも嬉しそうに目元を綻ばせた。
二人がそうしている間にヴァネッサは空いた椅子に腰を下ろしており、テーブルに置かれたメニューに手を伸ばしながらマリーへと声を掛ける。
「“協力者”を迎えに行ってたのよ。アナタにとっては悪い話じゃないと思うけど」
マリーはタブレット端末を鞄に戻しながら、ヴァネッサへ目を向けた。
「あら、あなたに仕事の話ってしたかしら? ヴァネッサ... 」
「勘違いしないで欲しいわね〜。彼女の方から声を掛けてきたのよ?」
「そうなの。私、KOFでの楽しさやスリルがどうしても忘れられなくて。けど、あの人やキムちゃんは今修行で手一杯だし、気の知れない人とはあまり組みたくないでしょ?」
ルオンもまた席に着きながら、ヴァネッサが差し出したメニューを受け取っている。マリーは気取られないように観察したが、彼女の少し困ったような口ぶりや表情から真意は測り取れない。探るだけ無駄だろうかと一瞬諦めが頭によぎったその瞬間、マリーはルオンと目が合った。
「そこであなた達のことを思い出したの。女同士だし、人柄も良さそうだし、すぐに仲良くなれそうだと思って。特にマリーちゃん、あなたとは“話題”も合いそうだし、ね... 友達から色々教えてもらった噂もあるの。きっとあなたなら興味あると思うわ」
彼女がそう言って浮かべた微笑の奥には、あからさまに“裏”があった。まるで見せつけるような彼女の笑みにマリーの眦が微かに吊り上がる。
「そうね。何を企んでいるのか教えてくれるのなら、もっと仲良くできそうだけど」
マリーとルオンは笑顔で睨み合う。傍目から見れば意気投合した女同士だろうが、そこでは確かに悪意と不信と敵意で作られた見えない火花がバチバチと二人の間で弾けていた。
まるでその火花をかき消すかのように、二人の顔の間でヴァネッサは折り畳んだメニューを振る。
「まあいいじゃない。彼女、実力も申し分無いんだし。仮に裏があったとしても、私としては傭兵部隊の隊長さんに邪魔されず、ターゲットを監視できたらそれで十分。アナタもハワードコネクションの情報を横流ししてもらえたら万々歳でしょ?」
彼女は近くの店員を呼び止めて慣れた様子でメニューを注文すると、表情をやわらげたマリーとルオンへ交互に見やった。ヴァネッサが浮かべた笑みはいつもの気さくなものではあったが、二人に向けたその目だけは仕事の際にのみ見せる真剣な色を帯びている。
「まず私とマリーはルオンをKOFへ連れていく。大会が始まったらアナタ達は私のお仕事を手伝う。そして、大会が終わったらルオンと私は報酬としてマリーに必要な情報を支払う。必要なのはそれぞれの仕事を完璧に終えること... 二人とも、異論はないでしょ?」
彼女の言葉にルオンはにこりと微笑みを返し、マリーは渋々といった様子で頷いて見せた。二人の反応を見たヴァネッサは目を細め、満足そうに手を叩く。
「よし! じゃあ気が合う女同士、持ちつ持たれつでいきましょ〜♪」
タイミング良くウェイターが料理を運んでくる。テーブルに次々とドリンクと料理が置かれていくなか、最後にドンと乗せられた大きなジョッキに視線を移し、思わずマリーはウッと表情をひきつらせ、ルオンは目を丸くした。
「すごい量。泡が溢れちゃってるわね... 」
「ちょっと、オフだからってまさか真っ昼間から... 」
「失礼ね〜。ノンアルに決まってるでしょ〜? ほらアナタ達もグラス持って!」
二人がそれぞれのグラスを手に取ったのを確認し、「チーム結成に乾杯」と笑顔でヴァネッサがジョッキを掲げる。ジョッキの淵から零れ落ちる白い泡に、チカチカと明るい陽光が煌めいた。