KOF'XV 餓狼MotWチーム ストーリー




 - 餓狼MotWチーム プロローグ -

サウスタウンのとある一角、ごく普通の安アパートの一室。
昼下がりの陽光が窓辺から差し込む中、ソファにどっしりと腰掛けてレトロゲームのコントローラーを握り締めるテリー・ボガード、そしてキッチンの掃除を終えてエプロンを洗濯カゴに放り込むロック・ハワードの姿は互いにとってごく普通の休日の光景だった。
 華やかなファンファーレと共にテレビ画面へ“CONGRATULATIONS”の表示が現れ、テリーが思わずガッツポーズをしたのと同時に、彼の背後で使い古されたラックがきしむ音が聞こえた。
 ロックは掴んだジャケットの袖に腕を通しながら、養父へと振り返る。
 「テリー。ちょっと出かけてくる」
 「ん? ガールフレンドとデートか?」
 ご機嫌な笑みのまま振り返ったテリーの冗談にロックは苦笑しながら肩を竦めた。
 「からかうなよ。ちょっとした野暮用だって」
 「そうか。お前なら大丈夫だと思うが、トラブルに巻き込まれないよう気を付けろよ」
 そう言ってニッと笑ったテリーにロックも笑みを返す。彼はロックを子ども扱いしているわけではない。家族としてーたとえ血は繋がっていなくともー大切に思っているからこその言葉だ。そんな養父の存在はロックにとって憧れであり、陽だまりそのものなのである。
 「テリーはアンディさん達と会うんだっけ?」
 「ああ。ジョーからの誘いでな、ついでにパオパオカフェで飯でもどうかってさ」
 テーブルの上に置かれていた家の鍵やスマートフォンを拾い上げながら、ロックは再びテレビへと向き直ったテリーの背中に呼び掛けた。
 「じゃあ夕飯はいらねえな。俺も食って帰ってくるよ」
 返事の代わりにひらひらと振られた手を確認し、ロックは自宅を出た。
 アパートから離れ、昼のサウスタウンのメインストリートを歩きながらロックは今一度スマートフォンに送られてきた一通の電子メールを確認する。
 「トラブルに巻き込まれないよう...か」
 メールの差出人は義賊リーリンナイツーそのリーダーのB.ジェニーという女性からだった。何度か顔を合わせる機会はあったが、彼女の印象は悪人とはほど遠い。だが、善人というわけでも無さそうである。そんな彼女から送られてきたメールのタイトルは至って簡潔だった。
 『KOFに向けてチーム結成のお誘い?』
 ロックはスマートフォンをパンツのポケットへ押し込むと、ボソッと呟いた。
 「悪いな、テリー」

 ベイエリアにひっそりと佇むそのダイナーは雑誌に取り立てられるほど有名ではないものの、近隣住民やトラック運転手が足?く通うほどには人気のある店だ。“知る人ぞ知る”という言葉が似合う、年季の入った店の風貌に惹かれるバックパッカーは少なくないものの、店内の端のボックス席にいる男女を取り巻く空気は明らかに気まぐれで入ってきた旅行客のそれではなかった。
 「牙刀さん。あなたと交わした約束は“あなたのパパの足取りと情報の収集”...だったわよねん」
 不機嫌そうに眉間に深いしわを刻み、腕組みをするのは牙刀と呼ばれた拳法家の男。対して陽気な笑顔を崩さず、一方的に喋り続けているのはドレス姿の若い女だ。
 明らかに訳ありな二人組に関わりに行こうとする客や店員はいないものの、同時に好奇心をそそる存在であるのも確かで、客の何人かは新聞を読みながらチラチラと視線を寄越していた。しかし、その視線が癪に障ったのか牙刀がギロリと睨み返してからは、誰もがその好奇心ですら命取りになりかねないと学んで知らんふりを決め込んでいる。
 「...」
 「長いこと待たせちゃったのは悪いと思ってるわよーん? けど、それだけの成果はあるつもり」
 イルカのストラップが付いたUSBメモリを顔の横で振りながら、ブロンドの髪の女性ーB.ジェニーはパチンとウィンクしてみせる。牙刀は席についてから初めて閉じていた瞼を上げ、鋭い視線をそのUSBメモリへと向けた。
 「あなたのパパの情報はちゃーんとこの中に...」
 「さっさと渡せ」
 牙刀が手を伸ばすよりも早く、ジェニーはUSBメモリを持った手を引っ込めた。空振りした牙刀の指が宙を切ると同時に、眉間のしわがますます深くなる。
 「まだ、だ〜め!」
 「...何のつもりだ」
 「調査に全面協力するとは言ったけど、情報を無償提供するなんて一言も言ってないわよーん」
 「貴様ッ!」
 サウスタウンのチンピラでさえ裸足で逃げ出すような形相で怒鳴る牙刀に睨まれようと、ジェニーが臆する様子はない。むしろ余裕を崩さず、顔の横でチッチッと指を振ってみせる。
 「暴力なんてノンノン! 心配しなくても、ちゃんとこの情報はあなたに渡すわよ。報酬...としてね」
 「報酬だと?」
 苛立ちよりも怪訝が勝ったのか、牙刀の表情が僅かばかり緩んだことを見逃さず、ジェニーは満面の笑みでゆっくりと頷く。
 「そうそう。あなた“たち”には協力してほしいことがあるのよねん」
 含みのある彼女の言葉に牙刀が何かを言おうと口を動かしたときだった。
 海風で少し錆びた扉が大きな音を立てる。その音にハッとジェニーは顔を上げ、入り口から店内を見回すロック・ハワードに大きく手を振ってみせた。
 「噂をすれば...こっちよーん!」
 声を掛けられたロックはジェニー達がいるボックス席へと視線を向け、何とも言えない表情をした。苦笑とも不信とも取れる顔をしつつ、それでも彼はそちらの方へと歩を進める。ジェニーが奥に詰めて座席を手で叩けばぎこちなく隣に座り、険しい顔の牙刀と笑顔のジェニーを交互に見比べた。
 「メール見たんだけど、つまり...ここに居るのがチームメンバーってことか?」
 「チームだと...? 貴様ー」
 「そうそう。ハンサムボーイは飲み込みが早くて助かるわね〜!」
 牙刀が怒気を含んだ声を漏らす前にジェニーが陽気に声を上げる。そして、彼女はチラリと牙刀を見た。その視線は明らかに「詮索されたくないのなら事を荒立てないで」と訴えていたが、それは同時にー無謀にもー牙刀という男に無言の圧力と強制をかけることを意味している。彼女のうなじに冷や汗が伝っていたのをこの場にいる誰が気づいただろうか。
 しばらく殺意すら籠った視線でジェニーを睨みつけていた牙刀だったが、諦めたように鼻を鳴らした。
 安堵のため息を漏らしてすぐ、ジェニーは食器で散らかったテーブルの上をてきぱきと片付け始める。そして、立派な封?が施された封筒をその上に置く。庶民的なダイナーには場違いな雰囲気をまとった三通の封筒に自然と視線が集った。
 「じゃーん! これが招待状ねーん」
 ジェニーが言葉とともに腕を広げるのと、牙刀が机の上の招待状を一通拾い上げたのはほぼ同時だった。何も言わずに立ち上がった牙刀はそのまま招待状を懐にしまうと、ロックとジェニーをギロリと睨み下ろした。
 「今はその口車に乗ってやろう...金も欲しければくれてやる。だが、もし取引を有耶無耶にするのであれば貴様の命は無いものと思え...!」
 ギリリと拳を握り締めながらジェニーにそう吐き捨てると、彼は苛立ちも隠さずに荒い足取りでダイナーの出入口へと大股で進んでいく。「約束は守るわよーん!」と彼の背中に笑顔で手を振るジェニーは、訝しむような視線を送ってくるロックへと振り返った。
 「彼、気難しいけど腕は確かよん」
 「気難しいって問題か? メンバー間でのトラブルはごめんだぜ?」
 「それは大丈夫! ちゃーんと話はついてるから、あなたは気にしないで!」
 彼女のあっけらかんとした返事にロックはますます不安そうに眉を顰める。
 「ま、でも彼ってあんな感じでしょ? だから最初はグリちゃんを誘おうとしたのよねーん。チョロ...じゃなくて親切だし、ムードメーカーだし。けど、事務所に連絡しても移籍しちゃったとか何とかで連絡つかなくてー。そこで目に留まったのがあなたってワケよん、ロック・ハワード♪」
 朗々と語るジェニーを横目で眺めながら、ロックは机に届けられたばかりのコーヒーを口に運んだ。ジェニーの言葉が一区切りついたあたりでマグカップを机に置き、彼は怪訝そうに訊ねる。
 「そこも気になってるんだけど、何で俺なんだ? 俺が応じる確証なんてあんたには無いはずだし、もっと誘いやすい奴もいただろ」
 質問されるとは思っていなかったのか、ジェニーは目を丸くしてロックの顔をまじまじと見つめる。その視線に居心地悪そうにロックが顔を逸らすと、彼女は先程と同じように明るく笑ってみせた。
 「んー、いい質問ねん。まず一つ目、これは簡単。あなたがメンバーなら勝算はバッチリだって、女のカンが告げたから! で、二つ目だけど...絶対に断らないって確信、あったわよーん? だって、あのテリー・ボガードと晴れ舞台の上で戦える機会、あなたが見逃すはずないもの」
 今度はロックが目を丸くする番だった。しかし、ここまできれいに図星を刺されると笑えてくるもので、ロックは気の抜けたような笑い声を漏らした。そんな彼の様子にジェニーもにんまりと笑う。
 「あなたも前回のKOFでのハプニングについて知ってるでしょ? 私はね、今回も何か起きるんじゃないかって睨んでるのよーん」
 「それも勘ってやつか?」
 「そう! 退屈しなさそうでしょ? あなたはテリー・ボガードと戦える。私はKOFをめいっぱい楽しむことができる。ウィンウィンの関係ってわけ♪」
 ジェニーはそこまで言うと机の上の封筒を拾い上げ、ロックの手元へと差し出す。視線が合えば彼女はいたずらっぽくウィンクし、空いた片手で肩にかかった自身の髪を払いのけた。
 「ってことで、今日から私達はチームねん! よろしく、ロック・ハワード」
 ロックは封筒をその手で受け取り、彼女へ爽やかに笑い返した。
 「...ああ」



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